かなり無理やりに
「店任せてるマスターがかなりの酒オタクだから、結構良いもの有ると思うぜ」
「お店は円山町なんですか?」
「そう、本人たっての希望でね」
「面白い人ですよ。
黒橋、お前。
会話に加わるたびに毒を吐くのは…まあ、今は仕方ないか。
「まあ、せいぜいお飲みなさい。私はマスターに愚痴でも聞いてもらいますかね」
花のような笑みを浮かべる、俺の第一側近。
なんか色々もう怖いけど、後にどんなご褒美要求されてもいいから、誓さんに【お任せ】しちゃおう。
歳上を怒らせるとろくなことにはならない。特に俺の周囲の場合。
自覚していた筈なのに。
地雷を自ら踏みに行く、懲りない馬鹿犬。
俺はやっぱり馬鹿なのだろう。
一時間後。【Farfalla nera(黒蝶)】VIP個室。
「そりゃまた、大変だったね~」
「ええ」
「お
「…ええ」
前回と、同じ部屋だ。
黒橋はさっきからソファー席ではなく、カウンター席に座って、絶賛、やけ酒中。
「ちょっと待ってて、黒橋くん。今、やんちゃワンコに酒のお代わり与えてくるから。それ、少しずつ飲んでて」
「はい」
背筋を伸ばして酒を口に運ぶ黒橋。知らない人間からみたら通常通りに見えるけれど。
「おい、こら」
氷と、ボトル、ウイスキーグラスを俺の前に置くやいなや、誓さんは俺の頭をぽんっ、と軽くひっぱたく。
「…痛っ」
「お前なあ…。『三人で朝までコース』でも治らない根性ってどんだけだよ」
「…誓さん」
「自分の『子供』あんなにして」
「誓さん?これ以上たたくともっと駄目になりますから勘弁してやってください」
カウンターから、前を向いたまま、返る声。いつもよりも少し気が抜けているような。
「…あの子が俺を、あんな声で誓さん呼びするときはヤバいんだよ」
誓さんは声を低める。黒橋に届かないように。
「少し待ってろ。…悪いなあ、新入りさん、びっくりしたろ?神龍の若頭の頭ひっぱたくマスターなんて俺くらいだからな」
「いえ…それより黒橋さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫」
誓さんは氷見には笑い、俺には、たしなめるような眼をする。そしてカウンターへと戻ってゆく。
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。色んな調整しながら飲ませてるだろうから」
「しかし…」
それでも。気遣わしげな目線を氷見は黒橋の背中に走らせる。
「氷見は優しいですねー。誰かさんと違って」
俺の背中にかけられる、黒橋の皮肉めいた言葉。
でも、その言葉の中にいつもなら含まれる
怒るに怒れない。
この一時間でわかってしまった。今、黒橋の心を傷つけているのが何か。そう、黒橋は傷ついている。いつものように怒っているのではなく。
黒橋はいつも言っている。“俺は駒なのだ”と。
主の存在がなければ朽ち果てるしかない【駒】。
それなのに。
俺は黒橋に“お前の
この四年、どんなに俺を叱っても、影のように俺につき従い、俺の意に添ってきた男に。
俺に冷たく突き放されても、けして己の信条を曲げず、勝手になど動かないだろう男に、絶対に俺がしてはならなかった、八つ当たり。
そう、八つ当たりだ。
碓井の馬鹿の言葉には…続きがあった。
だけれど、それは口には出せない。黒橋には聞かせたくない一言。
『もしかしたら、あいつ【も】やっぱり“喰って”るのか?…色狂いの若頭』
黒橋を眼で
習い性になった笑顔の
今俺の右の手のひらは食い込んだ爪が創った擦り傷で微かに疼いている。
下衆な、噂。俺と黒橋が【親子】になった時からひそひそと囁かれ続けてきた
大恩ある親父に盃を貰わず、年下の若造に降った組のエリート。有らぬ難癖を言いたい奴はごまんといる。
だから、それだけでは怒りは湧く筈もない。耳に入っても心に入らぬように
だが碓井は、『あいつ【も】』と言った。
意味指す所は明らかだ。
文親、黒橋、二人ともを不当に
俺だけを色狂いと
けれど俺の懐に入れた者達を
心が煮えないわけがない。その、聞かれても言えない事を黒橋は探りだそうとした。無意識に。俺の変化を、心の機微を、誰よりも知る黒橋が俺の異変に気づかぬわけがない。
でも、言いたくはなかった。絶対に。
“恋や愛ではないもので俺とあなたは結ばれている。貴方が望むのならばこの胸をかっ
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