それでもまだ言いたい奴は言うだろうが、組内ツートップの《援護》は、大きな抑止力にはなる。
その為にわざわざ連れて来たのだ。
数分後。
今日は若頭としての帰宅だと言われて、乗ってきたリンカーンの車内、後部座席で。
俺は黒橋と氷見に挟まれる形で、黒橋から詰問を受けていた。
「さて、そろそろ話して貰いましょうか。あいつに何を言われたんです?」
「………」
「あなたは後で話してくれるといいましたよね?」
「………」
「龍哉さん?」
トーンを段々変えてゆく黒橋特有の詰問。
「『さすがに鬼っ子の【子】は【鬼】だなぁ?恐れいったよ』…これでいいか?」
「!」
「………っ!」
あえて顔を見ずに前だけを見て、そう言ってやると。
息を呑む、二人。
「すっげえ
「…龍哉さん」
「でも碓井の言葉の裏と表、二つの意味を勘ぐったらおかしくて」
「…………」
黒橋から返る言葉はない。
ただ目を怒りに見開いて下を向いたままだ。
「車の床に穴が開いちまうぞ?黒橋?」
「…若」
「お前がそんな顔をするのがわかっていたから言わなかったんだよ。あの男の言葉なんぞ一ミリも俺の胸にゃ刺さらないが、お前の胸には響くだろ?」
「…若頭」
いつの間にか氷見が俺達を心配そうに見ていた。
俺は苦笑する。
「氷見、恥を
言ってやれば。
「あの男…やっぱり嫌いです」
「そうだ、黒橋。嫌うだけにしとけ?…あれはな、泳がせている必要悪だ。今感情に任せて消しても、後から理詰めで消しても同じなら、役に立ててから消去したほうが気分がいい」
「ですが、貴方に…」
己の分に過ぎた憎まれ口を…、それに…。
口に出す言葉の続きはなくとも、眼で知れる。
本当に、【それだけ】なのか、と。
このままでは
俺は一つ溜め息をつくと、普段は出さない低い居丈高な声を出す。
「淳騎…、俺の言うことが聞けないのか?」
「!」
黒橋の肩がその俺の声に反応する。
「せっかく色々片付いて、緊張感漂う挨拶も、和やかに終わったっていうのに。いつまでもあの羽虫の事を考えていたいのか。そうか、それなら…」
「龍哉さ…」
わざとひどく冷たく聞こえるように言葉を継いだ。
「…お前の
「!!」
俺は運転席でハンドルを握る今日の運転手を務めている男に声を掛ける。
「おい、
「はい!」
「…ちょっと寄り道したい。お前、円山町の店は行ったことあったな?」
「…二度ほど。ご送迎させて頂きました」
「じゃあ、円山町へまわれ」
「かしこまりました」
「…氷見、お前、タブレット持って来てるな?」
「…はい、持って来てますが」
「《FLOWER ELLE》で検索掛けると、薔薇専門店が出てくるから、俺の名前でイントゥリーグ(Intrigue)って薔薇を二十一本、本家に『桐生 明日美様』宛てで送ってくれ」
「はい、承知しました」
すると。俺の横でまだ頑固に下を向いていた黒橋が不意に顔を上げ、額を片手で押さえてクックッと笑い出す。
酷くシニカルな笑い声だった。
身の内に
「…分かりましたよ。確かに、あんな阿呆に
タブレットを手にしたままの氷見と運転席の国東は意味が分からずポカンとしているが。
「うるせえよ」
「そう言えば姐さんにはお会いしなかった」
「絶対、明日メール来る。…先手必勝だよ」
「若、お会い出来なかった時点で負けてます。俺は若が神龍に来て九年、真の意味で明日美姐さんに勝てたなんて事実、知リませんし。氷見、詳しい事はこれから飲みに行く店で教えて上げましょう」
「…はい」
俺と黒橋の丁々発止のやり取りを面食らいながらも何とか平静の表情を保って聞き、黒橋の人の悪い微笑みにも頷いてみせるあたりが氷見という男の常人とは違う凄い部分だと思うのだが。
「新歓はさっき聞いたと思うけど鮨なんで、今日は酒、付き合ってな、氷見」
「…はい」
「洋酒しかねーけど」
「洋酒も好きですよ、ただプライベートで飲む率が日本酒のほうが多いだけで」
「よし、今日は飲ます!」
「お手柔らかにお願いします」
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