ふと見れば少なからず、曇っている氷見の表情。

自分が騒動の種だと思っている顔だ。

だが。


「せっかく良い男振りなんだから悲しい顔するな?大丈夫、うちの息子は、若頭としては優秀だ。自分の群れに入れたものに手足も口も出させないから」

組長おやじ…、若頭としては、って…」

「詳しい事はそこにいる黒橋が教えてくれるだろうが、桐生龍哉は面倒臭い男だからな。それだけ頭に入れておけば平気だ」

「酷い」

「どう面倒臭いかは黒橋がよく知ってる。そいつの手綱たづなの取り方は黒橋に聞いたほうが早い。…覚えているな、黒橋」

「…片時も忘れた事はございません。しかし、大丈夫ですよ、氷見。大体のむちは私が打ちますから。まあ、少しリードを長くしてやればすぐに色々とやんちゃをしだす、犬の皮を巧妙にかぶった狼の鎖の引き寄せ方、伏せをどうさせるかは追々教えます」

「…分かりました」


黒橋…。お前、背中から黒いオーラ出しすぎだよ。

さっきの廊下の一件では無表情だった氷見が若干びびってるよ。

っていうか、俺としてはどんどん周りに調教師が増えてる気が…。願わくは氷見が優しい調教師になってくれる事を祈るしかない。


あ、そういえば。


「組長、値段は高くていいんで、美味い鮨か、焼き肉の店、知りませんか?」

「…鮨か、焼き肉?」

「実はあの…」

「清瀧の若のリクエストらしいですよ。若はここのところ、色んな面で清瀧の若に不義理をしてましたからね。ご機嫌を直すその代わりに、値段に糸目をつけず、美味い鮨か、焼き肉、どちらかに氷見とマサを同道させて連れていけ、と」

「ほお」


親父が目を細める。

爺様や親父、松下の叔父貴以下数名の上席は俺と文親の仲を承知している。明日美母さんも勿論。


「高くていいなら…鮨のほうで美味い店に伝手が有るぞ?…日にちは指定あるのか?」

「いいえ」

「それなら、今日予約伺いの電話を入れて、隙間に入れて貰うか。数店知ってるから電話してみる。…こういうものは店との付き合いと信頼だからな、お前がするより俺がするほうがはったりが効きやすい。甘えろ」

「…お願いします」

「それにしても、氷見も運転手のチビちゃんも、とは珍しいな、龍坊ん」

「多分、氷見は新歓、マサは慰労のつもりなんじゃないかと」

「氷見の新歓はなんとなくわかるが、チビッ子は?」

「…いや、恥ずかしいんですが、なんか直訴してくれたみたいで」

「…直訴?」


松下の叔父貴が首をかしげると、黒橋が叔父貴に近づき、耳打ちする。すると。


「そりゃ、たいした手柄だな」

「ですよね?」


黒橋は親父にも耳打ちしながら相槌を打つ。


「……ああ。もしかしたら常磐の山科から連絡が入った時に聞いた若いのってのはそいつか」

「…山科さん、親父に連絡したのか」

「一応詫びを入れなければ気がすまなかったらしい。あいつとしてはな。新庄と宮瀬を血相変えて黒橋が借りに来た時にお前のやんちゃは想像ついたが、躾るのは黒橋の楽しみだからな」


親父、躾が役目じゃなくて楽しみって…。当たってるけどさ。俺の回りはやっぱりSだらけだよ。


「訪問が同級生としての【非公式】なら、深く咎め立てすることもない。しかし、そのチビ凄いなぁ。常磐で大立回りして、清瀧の坊んに直訴か。…今度こっそりつれてこい。ちょっと見てみたい」

「駄目です。親父の事だから最初からスキンシップ過多にいくでしょ?気に入りそうな奴は。まあ、俺もそうだけど。組長にいきなり猫可愛がりされたら腰抜かします。まだ十九なんですよ?育成中のヒヨコを怯えさせるのは禁止です」


そう言ってやると、親父は松下の叔父貴と二人で心底残念そうな顔をする。


「龍哉は意地悪だな、松下」

「…アニキ、お可哀想に」


泣く子も黙る強面コワモテのくせして。

俺は内心ため息をつく。


「どうぞご自由に俺の悪口をお二人で言ってください。店が決まったら連絡お願いします。行くぞ、黒橋、氷見」


いつまで相手にしていてもキリがないから切り上げることにする。


「はい、若頭。…では氷見」

「組長、舎弟頭。本日は貴重なお時間をいて頂き、有難うございました。また、機会がございましたら、その時はよろしくお願いいたします」

「よし、わかった」

「しっかりやんなさいよ」

「はい」






「しかしまあ、あのおっさん共のにやけた顔。久しぶりに見たわ」

「…龍哉さん。まだ本家の敷地内ですよ、あのお二人をおっさん呼ばわりするのはせめて敷地の外に出てからにしてください」


駐車場へ向かう道すがら、俺をたしなめる黒橋の声は硬い。


「へえへえ」

「……挨拶は無事にすんで良かった。共通の話題もあってお気に召したようですし」


松下の叔父貴は俺達が帰った後すぐに、きっちりとした挨拶が自分達にきちんとあり、それを受けた事を本家の組員全体に告げるだろう。それは表の通告だけではなく、【裏触れ】にもなる。暗に“俺達が認めたこの新入りに余計な手を出すな”と釘を刺すのだ。

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