あ、嫌な予感。


「こいつの成人式の日、こういう時こそ一人で思いにふけりながら飲みたいと取り寄せていた…高木酒造の《あれ》を…。俺の隙をみて開封し、寝酒にしようとしたんだぞ?止めたがな」

「まだ忘れてないのかよ、親父」

「忘れるかっ」

「アニキ、おいたわしい」


松下の叔父貴。事が酒になると、しかも好きな日本酒の事になると、俺の敵に回るんだよな(笑)。


が。親父の言葉に氷見が考える姿勢に入る。


「高木酒造のあれ、というと…」

「お、わかるのか?」


もしもし、そこの目キラキラさせたオジちゃん達。

今日は《正式で大事な顔見せ》が名目のはずなんだけど?…でもまあ、なんとなくこうなるような気はしてたんだが。

組長と舎弟頭、ツートップの二人だけで氷見にあってくれようとした時点で気を使ってくれたんだろう。


「【十四代】ですか?…しかも、若頭の成人式のお祝いにお一人で晩酌…」


なんか、ぶつぶつ言ってるけど。

が不意にハッとしたように、氷見は息を飲む。


「『たつの落とし子』ですか!」

「松下、当てたぞ、氷見が!酒造の名前だけで!」

「あんな少ないヒントだけで…。坊ん、本当にいい拾い物したなあ♪頭良いぞ、こりゃ」

「?」


龍の落とし子?名前まで見なかったあの酒。そんな名前だったか?


「若頭、空気を読まず、不敬を承知で申し上げさせて頂きますと…」

「お!言ったれ、言ったれ」

「日本屈指の山形県の高木酒造、『十四代 龍の落とし子純米吟醸』は一般販売価格で一・八リットル、三万六千円です」

「げ!……え?」


氷見は言いにくそうだったが。

親父達は期待に満ちた眼で氷見をみているし、さっきの出来事で俺に含みがあるらしい黒橋は特に氷見を止めない。


「世に名を響かせる神龍の組長様で、普段はもっと金に糸目などつけぬお酒を外部で幾らでも召し上がっていても一回の極々個人的な晩酌の為に三万六千円は組長といえどかなりの奮発です」

「……」

「お酒のお名前からして若頭との成人までの思い出を振り返りながら晩酌を…とのお心づもりだったのでは」


なんか、俺、すっげえ、この場から逃げたくなってきた。


「でも、開封はされなかったんですね?」

「ああ、寸手のところで止めた」

「それは良かった」

「自分で開封、に意味があるんだよ」

「…お察しします」

「まあ、酒の味的には開封してから数日のほうが」

「酸化のバランスが整って、味がふくらみますね」


なんか、すげーな、氷見。

本当に凄いの拾ったかも。

そして。


「あの、もしよろしければ、こちらに救いあげて頂いたお礼の品として組長と舎弟頭に差し上げたいものが…」

「ん?なんだ?いいぞ、気を使わなくて、馬鹿息子の愚行を理解してくれる若手の飲み仲間ができただけで充分だぞ?」


親父、酷い。オブラートに包んでくれよ(泣)。


「私が先日自分用に購入していたもので、色々有りまして自分が借りている倉庫に預けきりになっているんですが。福井の黒龍酒造の《しずく》一.八リットルが手元に二本有りまして…」

「《しずく》だと!」


何故かそこで興奮する親父達。


「いいのか!」

「はい、暫くは神龍での新しいしきたりや決まり事、学ぶのに掛かりきりとなると思いますので、酒も口にしているいとまがなく、倉庫で埃を被るよりもお二人のお慰めになれば。若頭のお許しがいただければ明日にでもご郵送させて頂きます。温度管理はきちんとしてありますので大丈夫かと。…そしてまだ季節ではないのですが伝手つてが有りますので、二月になりましたら、『いら寿』を買いに参ってお届けします」


なんか、親父達、頬が紅潮してぷるぷるしてるんだが。

組員にゃとても見せられない。


「火いら寿……。黒龍酒造が一年に一度、二月にしか販売しない純米吟醸生酒じゃあないか!…氷見、近いうちに飲みに行こう、絶対行こう。黒橋、その調整はしてくれるな?」

「…はい。お二人のこんなに楽しそうなお姿を久しぶりに拝見させて頂きました。機会を作りますので、是非、誘ってやって下さい」

「よし、お許しが出たぞ♪」


なんか凄いアウェイ感。

だけど氷見はとけ込めそうだな。

っていうか、オジサンキラーな予感(笑)。


「でも良かったな、龍哉。聡明そうな男だ。情も深いし、度胸も有りそうだ」

「…ええ」

「お前に逸材持ってかれるのは二度目だが。毎回、目の確かさには舌を巻くよ。大事にしてやれ」

「はい」

「飲み会の時には貸せよ?そしたら昔のお前の『愚行』を忘れてやっても良いぞ?」

「分かりましたよ、どうぞ。っていうか、黒橋がOK出した時点で、決定してるでしょ?」


言ってやると。


「まあ、でも直接の【上】はお前だから、一応」

「…はいはい」

「なんかろくでもないことを言うやつもいるだろうが、放っておけ。…どうせ羽虫だ」

「………」


涼しい顔をして言ってくる親父。

何も言わず笑みを浮かべている松下の叔父貴。

…お見通し、か。

っていうか、あれだけ派手に廊下でやれば、耳届くよな。

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