序列。

その言葉を聞いた瞬間。碓井の表情が蒼白になり始める。


「組長の次は若頭。組内の序列は【絶対】です。桐生龍哉は神龍のその若頭の任を組長から預かる者。組内の諸事最終指揮権を持つのは若頭であることは御舎弟の皆さま方はご存知ですよね?」


そう。

舎弟は組長の弟分。基本的に彼らにはオブザーバー的な立場での関わりは許されても、組内の指揮系統、諸事に関しては決定権はない。

口は出せても、手は出せない。名目上は。


「御舎弟の皆さま方、色々とご心配はお有りとは推察致しますが、温かいお見守りのそのお役目、続行して頂ければ、望外の喜び。是非、お願い申し上げます」


目前の碓井の名をわざと出さず、御舎弟の皆さま方、と口に出すことで。機会を伺いながらも手を出しては来ない、うるさい《蝿》共にも脅しを掛ける。

うん、淳騎くん、安定の嫌味たらしさと、えげつなさ。

碓井はといえば。顔色が土気色になってきてる。


…全く。年下にやり込められて口が利けなくなるのは何回目だ?それでも懲りずにコナかけてくるしつこさ加減で嫌われてるのに、本人は気づかないという、溜め息の出るような馬鹿。

爺ちゃんの知り合いの組長の孫で箸にも棒にもかからぬ典型的な馬鹿息子。その知り合いとやらは極道としてはまともな義理人情のある人物だから、泣きを入れられて断り切れず。俺達が別邸に移った四年前に入った新参者だ。入れて舎弟にするその代わりに、立場は末席からスタートする。…実は【上】では、奴の昇格人事は永久凍結、実質飼い殺し、が決定してるんだが本人だけがそれを知らず、機会をみてはマウンティングしてくるのだ。


俺には遠回しに。黒橋には露骨に。

碓井が黒橋に勝てる機会など、百万回生まれかわったってないというのに。


「三分過ぎたぞ?…もうよせ、碓井さんは『知らなかった』んだろう?言い過ぎはお互いに、身の毒だ。そういう事で、碓井の叔父貴。叔父貴のご心配は有り難いが、組長を待たせるのは心苦しい。失礼する。行くぞ、氷見、黒橋」

「はい」

「それでは失礼致します。ご無礼の段はどうか、ご容赦を」


立ち尽くす碓井の横をすり抜けようとした時。

歯軋りと共に俺にだけ聞こえるように碓井が俺の耳に呟きを滑り込ませる。


「…………」


だが、それが耳に入った途端。

俺はほころぶような笑顔を碓井にみせてやる。

そして一言も発さずに二人を従えて場を後にする。

その場に残る碓井の事など、知った事ではなかった。


「……何を言われましたか」


廊下の角を曲がり、碓井が見えなくなり。

人払いをしてあるため他者の気配がなくなった廊下で、

すぐに聞かれた。


「ん?」

「誤魔化さずに答えなさい、あのマウンティング馬鹿に何を言われましたか?」

「ん~。答えてやりたいのは山々なんだけどな。今は駄目だよ」

「どうして?」

「親父への挨拶が先。氷見を親父と松下の叔父貴に引き合わせるのが優先事項だ」

「………」

「氷見?」

「はい」

「さっきはあのマウンティング馬鹿のせいで嫌な思いをさせた。すまん」

「いえ、ある程度は、予測していましたので…」


氷見はそう表情を変えずに返してきたが。


「今日は組長と、舎弟頭が待って下さっている。ちょっと顔が怖すぎるけど気のいい人達だから。緊張はするかも知れないが礼儀さえ通せば嫌な思いはしない。…それで許せ」

「…はい」

「おい、黒橋。いつまでもぶすくれてないで、行くぞ」

「…後できっちり、吐いて貰いますよ」

「はいはい」






「で、こいつが、先日お知らせして手続きさせて頂き、今度俺の配下に入る氷見です」

「おうおう♪」

「氷見清嵩と申します。このたび若頭のご恩情により、拾い上げて頂きました。それを終生忘れず、神龍組の為、若頭の為に身命を賭して御報恩させて頂く所存でございます。なにとぞよろしくお願い申し上げます」

「おう。…いい心構えだ。なあ、兄弟」

「お前さんが氷見か?…全くですな、組長アニキ才気煥発さいきかんぱつな奴が増えるのは良いことだ。神龍の宝になりますからな」

「全くその通り」


氷見を前にした組長と松下の叔父貴は、すこぶる上機嫌だった。


「龍哉の目に叶ったなら、俺等には取り立てて言うことはない。忠勤に励んでくれれば有り難い」

「飲めそうな面してんなあ(笑)。アニキ、飲み仲間が増えましたよ?」

「?」

「飲めるか?」

「…はい、並程度には」

「何が好きだい?」

「自分でたしなむときには日本酒が主ですが…」

「おお♪」

「アニキ、こりゃ本格的に飲み仲間にできますよ」

「!?」


はしゃぐオジサン達を前にして。

初めて氷見はどうしよう、という眼で俺と黒橋を見る。


組長おやじ

「…こいつらはザルでな。しかも基本的には洋酒党だからつまんないんだよ」

「そうそう」

「たまに良い日本酒飲ましてやろうと誘っても、洋酒のペースでごくごく、くいくい飲むからな。特に龍哉が」


親父は戸惑う氷見の前で首を横に振る。


「信じられるか?」


と俺を指差し、


「こいつはな」

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