俺と文親さんの二人が身体を重ねるようになって久しいが、こんな事ははじめてだった。
言い出した俺でも、自分が【朝まで優しく】なんて出来るかどうか自信も確証もなく始めたのに。
始めてみれば。
焦りや征服欲はわき上がる愛しさに呑まれて。
絡めた指先を離せずに絡ませあい、互いの内に籠る熱を肌を隙間なく合わせ、唇を重ねあうことで癒して。
こんな《俺》を俺は知らない。
文親さんも知らないだろう。でも、戸惑いを瞳に宿しながらも彼は俺の好きなようにさせてくれた。
綺麗で優しい、俺の、文親。
「文親さん、舌、出して」
「ん…」
「そう。…いい子」
絡めた舌を甘く吸って。
瞼を優しく撫でてやると文親は猫のように喉を鳴らす。
その甘い、響き。
「文親さん、少し休むか?」
でもさすがに、飛ばし過ぎか。
ちょっと心配になる。
文親の息が少し荒い。意識も半分は飛んでいるようだ。
苦しそうではないけれど。
「文親さん、…文親」
「…ん」
「休むか、文親?」
「…ちょっと…休む…」
「分かった」
俺はベッドの下にずり落ちていた上掛けを文親にかけてやって、その横に寝転がる。
「……」
「ごめん。無理させたか」
「…大丈夫」
大丈夫じゃないって明らかに分かるのに。
大丈夫だと、恋人は微笑う。
「何か朝になっちまったら腰が立たなそう」
「お前が?」
「俺が」
「珍しい。優しいお前も…珍しかったなぁ」
「…何か、俺、いつも相当酷い奴みたいじゃん」
「酷い奴じゃないつもりだったのか?でも、仕方ないな?俺と黒橋さんは自覚ありのSだけど、お前は天性無自覚サドだから」
「酷い(泣)」
大丈夫。結構普段の文親が『戻って』きた。
「でも悪くはなかったよ、優しいのも…さ。甘やかされてるのはいつものお前でも感じるけど、俺を手に入れようとしてるお前じゃなく、俺の心を蕩けさせようとしてるお前はかなり新鮮だった」
「…文親」
「本当はもういいんだよ、龍哉?俺に“さん”なんかつけなくたって」
「……っ」
「お前ならいいんだよ。酷かろうが、優しかろうが、俺はとっくにお前に」
「文親」
「…堕ちてるんだから」
文親の眼が細められる。薄く口角に浮かぶ、アルカイック・スマイル。
「お前がへたれワンコでも、馬鹿オオカミでもどっちだって構わないんだ。…可愛いからさ。俺は馬鹿な飼い主だから、お前が嫌がったって手放してはやれない。…誰にも、もう絶対に渡せない」
「文親」
「恋が喰い込むのは…もう怖くない。…思い知った。怖いのはお前を奪われることだ」
「そんな心配…、あんたが…するな…」
「するよ。いつだってしてる。だからベッドの中では俺の事以外考えるな、なんて、くだらない我が儘も言う。例え相手が誰でもどんな相手でもお前が俺と二人の時、気を反らすなんて、赦せない。…みっともないったらありゃしない」
不意にグッと肩を掴まれる。
いつの間にか俺の方に身体を向けていた文親に。
切なく熱い瞳の色に、言葉を奪われる。
「お前しか、知らない。お前にしか、本当に許してない。お前がそうなのも、分かってる。それでも。俺は…」
「文親、言うな」
「言わせろよ。俺は…お前より年上で男で。《幸福》なんて形の揃った綺麗なものはお前には差し出せない。だけど…っ、お前を今さら他人に渡すくらいなら、そんなもの踏みつけにしてでも、この、血に染まった両手でお前の首をもぎとってこの胸に抱いて
俺は唇を噛み締める。なんて、煽情的な例えを使いやがる。
「馬鹿野郎…っ。首なんかいくらだってやるよ。俺は清らかなヨカナーンにはなれねえけどな。こんな綺麗な存在から求愛されてそれを拒んで、結局は首だけになってからしか可愛がって貰えないなんて勿体無いにも程がある」
「そうだな、お前なら…そうかもな」
「文親って、もう、ずっと呼んでいいなら、これからはそうする」
「ああ、そうしてくれ」
「優しく抱くってのは続かないかも知れねえけど。やっぱり焦っちまうし、欲も湧くから」
「たまにはいいけど、今日みたいのがずーっとってのは俺も勘弁してくれ。なんかムズムズするよ、『優しくて甘い』お前。初めての『経験』、頑張ってくれたのは嬉しいけど。がっつかれてるほうが性に合う」
そう言うと。文親はさっきまで掴んでいた俺の肩に、額をつけてスリスリと甘えてくる。
その様子は心と、それとは別にダイレクトに俺の気持ちを表しちまう別の部分にズキン、と来るが。
さすがに、なあ。
「文親」
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