ぶっきらぼうに。そう、言って。
ぎゅっ、と抱きしめられる。
「…有難う」
それに、ありきたりな短い礼をようやく返して抱きしめ返す。俺なんかに歩み寄ってくれる、やっぱり優しい、年上の恋人。
この器の大きさに比べると。
「俺の器、小せぇ」
「何を当たり前な事を(笑)」
文親さんはシニカルに微笑んでみせる。
「酷ぇ…」
「酷くない。お前よか一年年上なんだぞ?器くらい大きくなきゃ、やってらんないわ」
「…そうかなあ?」
「そう、なの。それにお前さぁ、『今』、自分がこの狭い極道の世界でどれだけ注目株なのか、自覚してる?」
「…へ?」
「それで俺が…どれだけ、内心…焦ってるか、とか」
「文親さん…?」
何だ、それ?
「あのさ、お前さぁ《paradies vogel》の『あの』西荻櫻に一晩で四千万近い金使わせて?阪口の主要なメンバーは軒並み雲隠れ。なのに警察関連ピクリとも動かず。…水面下じゃ、大騒ぎだよ。今日の事が知れりゃ、また騒ぐ。あの、年がら年中薄ら笑い浮かべた、元は堅気の半端な坊んは、本当は一体何者だ?って」
「色々、酷いなー」
「お前が実は凄いのなんか、周りは知ってるけど。今度の事で知らない馬鹿にも周知され始めたって事だよ」
「知ってる馬鹿にも知れるかねぇ」
「…あいつの事は今はどうでもいい」
文親さんは親指と人差し指で俺の耳を掴んで、キュッと捻るように引っ張る。
「痛ってえ!」
「痛いようにしてんだから痛いに決まってんだろ?」
「文親さん(泣)」
「そうそう、黒橋さんが、二、三日前に連絡くれた時に言ってた」
「…ちっ!やっぱりあいつ…。何言ってた?」
「『言い聞かせた事を何度も忘れておイタを繰り返す悪癖の有る《犬》に効くのは、手綱を短く持って、眼を見て、優しく、ドスを利かす事ですよ?ご参考までに』って(笑)。凄く参考になったって龍哉からお礼言っておいて?」
言うか。誰が。
やだ、真性ドS同士の会話。
違う意味で泣けてきた。
淳騎の野郎、妙に気使うからおかしいとは思ってたが。
裏で心配ならぬドS通信かましてんじゃねーよ!
って、本人には。
ええ。…言えませんとも。
「で、いつまでこんな会話続けるの?」
気がつくと。
文親さんの雰囲気がガラリと変わっている。
「何で俺が内心焦ってるか、真意を聞きたくないの?」
椅子に座る俺の前の絨毯敷の床にぺたんと座り。
上目遣いに見詰めてくる、魔性の二十五歳。
…勝てるかよ。
「ごめん、…それは知ってる」
「自信家」
「そう、かもな。俺なんか、あんた相手じゃ自信家気取ってなきゃ心配で仕方ねえよ」
「嘘」
「嘘じゃねえ」
「馬鹿」
「…それは、合ってる」
俺は文親さんの方へ身を屈め、文親さんは少し伸び上がり。二人の唇が久しぶりに重なる。
重ねたら、離せない。
俺は文親さんの腕を掴んで引き寄せ、好きなだけ唇を貪り、力が抜けてしまった文親さんの腰を抱え上げるようにして、自分の膝に座らせる。大きく足を広げさせて、俺の胴を挟むように。ま、いわゆる、対面座位、的な感じ。
まだ裸になってもねーし、挿れてもねーけど、まあ、二人とも時間の問題だわな。
「文親さん、腰、揺れてんぞ?」
「…っ、お前が揺らしてんだろ…っ?」
「俺は乗ってもらってるだけでしょ?」
「あ…っ……腰ぃ、撫でん…なぁ…っ……」
久しぶりの文親さんの身体。匂い。感触。
堪能しないわけないのに。無理な事を。
「嫌」
「龍哉ぁ…」
「可愛い」
いっそ凶悪な程に。可愛過ぎていつも度が過ぎるから。
「もう、嫌な事、今日は言わないから可愛がらせて」
「……龍哉?」
腰を撫でくり回していた手を止めたんで少し息をついた文親さんが不思議そうな眼をしてくる。
「今日は、純粋に可愛がりたいんだよ、いつもの俺の…やり方じゃなく」
「…龍…っ」
「キスからやり直そう。…朝まで」
「あっ…んんっ!あっ…」
文親さんの反らした喉が、また甘く泣き声を
あの後。
抱き上げた文親さんをベッドに下ろして。
唇を重ねてから、何時間たったのか。
日付はもしかしたら、変わったのかもしれない。
まだ外は暗いけど。
スタンドの灯りだけに照らされた文親さんはいつもより心もとなげだった。
快感に震える喉元からは絶える事なく可愛い声が漏れているが、それすら頼りなげな響きを宿してる。
俺が、いつもみたいじゃないから。
いつもは。
可愛いと思えば思うほど、焦らしてしまう。
追い詰めて、
その瞳が俺だけを映し、愛し、求める事への希求が強すぎて優しく出来なくなる。
でも今日は。
何度でも縋る指先に指先を絡め、唇を重ね、視線を合わせて。優しい言葉を耳に甘く注ぎ込み。
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