6
不意に背後から温かい手で両目を塞がれて、自分が暗い部屋のなかで椅子に座ったまま、ぼんやりしていたことに気づかされた。
「この、馬鹿。電気くらい、つけて待ってろよ」
拗ねたような口調はそれでいてどことなく甘い。
「文親さん」
「遅いよ。もっと早く呼べ、馬鹿」
俺の後頭部にこつん、とあたる文親さんの額。
「片意地張りやがって。透けてみえるんだよ、お前のやせ我慢は」
「…ごめん」
「謝んなよ。お前なりに考えての行動だろうが」
「ごめん」
「でも怒ってたよ、多分。ここ数年で一番くらい。連絡があった時も無視してやろうかと思った。自分の勝手で連絡したり連絡絶ったり、事後承諾もこの頃多いし。甘やかしすぎたかなって」
「…文親さん…」
「聞けよ」
「はい」
背中から俺を抱きしめて、文親さんは続ける。
「お前さ、後でお前の所の若い子、あの子に礼を言っておけよ」
「…?」
「俺が文句だけ言ってやろうと思って、篠崎だけ連れてきて。直通エレベーターからこのフロアに出たら。あの子、泣きそうな必死な顔で物陰から出てきた。篠崎が顔知ってたから教えてくれたよ。この頃いつも龍哉のガードに来てる子だって」
「…マサが」
「“若に、会ってあげてください、御願いします。俺、学が無くて今勉強中で上手く話せなくて申し訳ありません”って俺と篠崎に深々と頭下げて。…あの子、幾つ?」
「十九」
「やっぱり、そうか。目の回り真っ赤にしてさ、よっぽど龍哉が心配なんだろうと思った。“若の部屋の…冷蔵庫の氷が減らなくなったんです”って急に言い出して」
「……っ」
「確かお前は煮詰まると洋酒は
マサ、お前…。察しが良すぎる。
しかも、文親さんに直訴って、度胸ありすぎだろ?
「で、気が変わった。煮詰まったお前の顔、じっくり拝んでやる気で篠崎に後を任せて部屋に来たら。…真っ暗な中でぼんやりしてやがる。…お子様か」
「……うん」
文親さんは一端俺から離れてスタンドの灯りをつける。
そして俺の前に廻ってくると、顔の前に屈んで目線を合わせてくる。久しぶりに見る、恋人の顔。
「そんなに俺が好き?」
「うん」
「何にも言わないくせに」
「…うん」
「すぐ格好つけたがる」
「…俺からハッタリと格好つけを取ったらただのへたれワンコなのは、文親さんが一番良く知ってる癖に」
文親さんはそっと俺の額に口づける。
「一段落、ついたのか」
「ん。阪口は壊滅状態。組自体はまだ解体まで少しかかるけど」
「へえ」
「組長は…なんでだか知らないけど怖いことがあったみたいで発狂しちまったみたい?だし、愛人で側近だった男は、明日から【失踪】するよ」
「…【失踪】、ね…。何処へだか?」
「そりゃまあ、この世の地図に載ってない[川]を渡ったとこ?…あいつは結局何処にもたどり着けなくて溺れそうだけどね」
「………。あれ?あの『彼』は?」
文親さんはやっぱり凄い。忘れてなかった。
「まだうちの一握りの上層部しか知らない情報教えるから怒らないでくれる?」
「…内容による」
「怖いよ」
「早く」
少し声を怖くして急かされる。
「神龍に引き抜いた」
「!」
文親さんは驚いたように目を見開く。
「今はまだどういう位置に置くかも分からない。事が決まってからまだ二日もたってないし」
「…それで?」
「中条の愛人の《お仕置き》を任せてみた結果、大した掘り出し物だった。頭も回るけど意外とコテコテの武闘派」
「そりゃ、掘り出し物だ」
「文親さんにも改めて挨拶させる」
「ああ」
「しかしなあ…。よりによってマサに助けられるとは…」
「……凄い、情けない顔してる」
文親さんの指が俺の頬をひょい、とつつく。俺は肩を落とす。
「そりゃそうだろ。先輩は怒らせて?下の者には助けられて?良いとこ無しだよ。また黒橋に嫌味言われる。多分。しかも!氷見を入れるって事はよく考えたら嫌味言う奴が増えるんだよな?…しまった」
言うと。今度は前髪をつん、と引っ張られる。
「…おまえは利口だけど馬鹿なんだよ。っていうか自ら損を背負い込みたがるから、周りは冷や冷やだ」
文親さんの口調がいつもの優しい感じに少しずつ戻っている。
「…うーん」
「取り敢えず、今日は帰らないで朝まで…いてやる」
「本当?」
「…焼き肉か
「はいっ!」
って、でも文親さんクラスの人が言う『すっごく』高いとこって、どのくらい…?…爺様に後で連絡して聞こう。
「あの若い子と氷見っていう【新人】も勿論一緒でね。功労者には報いるべきだ。特に若い子なんかは廻らないお鮨とか高い焼き肉屋なんか、行く機会をわざわざ作らなきゃ絶対にいけないんだから」
「…はい」
「もう、隠さないで?何かあったら教えて?」
「…ん」
「
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