氷見はようやく画面から目を離し、打ち込んだ物にざっと目を通すと。眼を細めて成瀬を見やる。
そして。
ノートPCとPCから抜いたUSBメモリを近くの神龍の構成員に手渡し。椅子から立ち上がる。
「もうお話は終わりましたか?作業に集中していて殆ど聞いていませんでしたが、お陰さまで終了しましたよ?そろそろ黙りましょうね、格上の組の若頭様と補佐様の前で、いつまで醜態をさらす気ですか?…ここは大好きな『英五さん』の腕の中ではなく、あなたにとっては【敵】の懐の中ですよ。恥ずかしい」
「なっ…お前なんかが俺にそんな口…っ」
「きいていいんですよ、もう。私は阪口の人間では有りませんので」
「おー、手続き終わったから今日が神龍デビューだぞ~」
思わず援護してやるが。
「緊張感を削ぐような真似はやめなさい。彼にとっては大事な決め所ですよ。全く、すぐに茶化すんですから。氷見、若には構わず続けなさい。こっちは〈そちらのショー〉の後に始動ですから。さあ、中条さん、目隠ししましょうね。存分に耳で楽しみましょう。今からの
黒橋に怒られて。中条に目隠しを巻く手伝いをさせられる。
これって若頭の仕事か?なんて事は口にはけして出せない。…恐いから。
「さて、まずは口」
つかつかと成瀬に近づいて、無造作に成瀬の前髪を掴むと自分のほうへ引き付けながら彼の顎に痛烈な下からの膝突きをいれる。
「ぐあっ!」
成瀬の首が不自然にそれるのを、間髪入れずに二の腕で喉仏をごく軽めに打つ。顎への蹴りで口中を切ったのだろう。漂う、濃い血の匂い。
氷見は事も無げに、目前でふらふらと身体を揺らし、げえげえと血を吐き散らす成瀬を心底嫌そうに見る。
「まだ終わりませんよ?」
そういうと、前髪を掴み直して成瀬の口元、鼻の下あたりをまるで人形でも殴るように淡々と角度や強さを変え、殴り続ける。
その度に、甲高く耳障りな悲鳴が増してゆく。
自分の愛人が何をされているのかを見ることを許されない中条、目の前の情人に助けを求めてもどうにもならないことを見るしかない、成瀬。
「ショーは始まったばかりなんです。…一応男の急所を何種類か試しましたが、手加減したんですよ?顎、喉仏、鼻の下。ここを本当に加減なしに攻めたら、いくらあなたでもすぐに死にますから。つまらないでしょう?あなたは今日のショーのメインゲストの一人なんですから」
「…う…う…っ…っ」
「あなたがいつも逃げ込んだ愛しい人の腕の中ではないこのソファーの上で存分に踊りなさい。降りることを許されない、《舞台》の上でね」
「う…あっ…ころ…して…くれ…っ、こ…ろ…して…っ…いたい…つら…い……いや…だ…っ」
「素人のお義姉さんをホストにはめて、彼女に無利子無担保を
「…」
「殺してくれと言いましたが、何故…私があなたを楽にしてやる義理が有るんですか?あなたと英五さんは先代の見舞いにも最後まで来なかった。どんなに馬鹿な息子でも、古い義理人情を馬鹿にされようと、たった一人の身内を弱い息の下で呼んでいたのに…」
「
「“息子が極道向きで無いのは分かっていたから、別の道を選んでも大丈夫なようにお前を育ててきた。でも…あいつは俺の目がお前に向くことに嫉妬し、意地でも組を自力で大きくしようとし、やれ新興勢力の旗頭だと持ち上げられて…。お前にも、あいつにも悪いことをしたのかもしれない。お前こそ…別の場で羽ばたけるのに。…英五を、せめて英五が己の愚かさに気づくまであの子を”
…そう、言われて昭次様は亡くなられました。看取ったのは私、一人でした。夜の繁華街の匂いをまとわれ、酔った状態であなた方二人が本家にいらっしゃったのは次の日の夕方でしたね?成瀬さん?」
思い出したのか、氷見の目が微かに哀しみを宿す。
「わざとらしく泣き叫び、何故呼ばなかったかと罵倒されました。携帯の電源など入れてはいなかったでしょうし、来る気すらなかったでしょうに…。でも、もう、いいです。私は楽になりました。待っても来なかった日をすっぱりと
氷見はぐったりと前のめりになった成瀬の上半身を引き起こすと、肩と鎖骨の間に思い切り蹴りを入れる。
「ぎゃあッ!」
「私が新しくお仕えする若頭がお命じにもなっていないのにあなたを殺せる筈が無いでしょう。悪く思わないで下さいね?私は新しい
返り血が、氷見の頬をつたい、喉を流れ、シャツの襟元を汚している。袖口も、黒い皮手袋も血に濡れている。
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