俺は中条に顔を近づける。すっごく、嫌だけど。


「先代組長がうちの爺様と組長おやじに下げたくもない頭を下げてようやく結んだ和解の約定、うすら馬鹿に踏みにじられて神龍を敵に回した。先代からの上席幹部が奴を見離すにゃ、良い理由だよ」

「…そんな…っ」

「でもさあ、お前さん達、誰か忘れてねえか?鬼頭を気にする前に気にしなきゃいけない人間、いると思うんだがな~」

「…?」

「おい、いいぞ。入れ、…氷見」

「はい」


短く、潔い返事の後、部屋に入って来た、男。

息を呑んだのは、目の前の馬鹿二人だけではなかった。


「…ひ、氷見、て、てめえ…っ」

「…裏切ったのか…っ」

「中条さんに恩受けておきながら…っ!」


捕まえられているのを忘れたかのように奴等は声を荒げる。


「…髪を切ったんですね」

「ええ。黒橋さん」

「良い心がけです。あなたの本気が、如実に知れる」

「有難うございます」


耳障りの悪い中条と成瀬の罵声など耳に入らないように黒橋と氷見は会話を続ける。


「おーい、そこで二人色男が見つめあってんのは非常に絵になるが、ぴいぴいぎゃあぎゃあうるさくてたまんねえから、とりあえずお馬鹿達に説明してやれよ、黒橋」

「承知致しました。龍哉さん」


黒橋はその場で二人のほうへ向き直る。


「元々は阪口は、的屋てきや系でも無名に近い少人数の組だった。中条さん、あなたのお父さんは組を大きくすることには反対だった。すたれかけた義理と人情を持っていた方だった。ただ、あなたはそんなお父さんのやり方が大嫌いで生ぬるいと周りに言っていたそうですね?…氷見はあなたのお父さんが、十代半ばの頃に組に連れてきて、手塩に掛けて育て上げた掌中の珠のような存在だった。それが気に食わなかったわけですよね」

「……」

「お父さんには見えていたんですよ。あなたという男の享楽的きょうらくてきで自分に甘く、面倒な事は全て丸投げする性格が。氷見が恩を受けた『中条さん』はあなたじゃない。先代、中条なかじょう昭次あきつぐですよ」

「………っ」

「こころざし半ばで病に倒れた先代の死後、あなたは形ばかりに氷見を側近につけ重用する振りをしたけれどなんの事はない、自分の情人でブレーンとは名ばかりのその成瀬と組を私物化したいが為にイエスマンばかりを幹部に据えて、なりふり構わず掟破りに組の規模だけを大きくし、氷見を体のよい尻拭しりぬぐいの係りにしただけだ」

「そ、それの何が悪いっ…!俺のために働いて当然の男なんだよ、そいつは。暎智みたいに可愛い事も言わない、俺を誉めない。トラブル押し付けてやったって、すぐに黙って尻拭いして根も上げない。可愛げが無いんだよ!だからこきつかっても構わないんだ!」


さっきまで黙っていたのが嘘のように中条は吠える。

それがまさに、負け犬の遠吠えとも知らずに。


「氷見。まずはいいから、成瀬の方をいじってやれ。中条は俺と黒橋でやる。おい、お前ら、こいつらをそこにある一人がけソファーに向かい合わせる形で縄でくくりつけろ。ソファーは部屋の端と端の距離だ」


俺は氷見に声をかけ、他にも部屋にいた構成員に命じる。


「さあ、もうしばらくはおしゃべりはお預けだ。…ショーが始まるからな?」


俺の声はパニックを起こし始めていた彼らの耳に届いたのだろうか──。




一時間程経過して。

内心俺は舌を巻いていた。

指示を出したその初めに、氷見は俺にこう聞いた。


「どういった『仕上がり』をお好みですか?…私自身は余り積極的に【力】に任せるという事をしてきませんでしたが、もう、私の主は中条では有りませんので、ご命令があれば如何様いかようにもおこたえ致します」

「んー、氷見ってさ、本当はどっちなの?…武闘派?頭脳派?」

「自分では分かりかねます。確かに中条の先代には文武両道仕込まれましたが、先代のお亡くなりになった後…今まで、そのどちらかを選べる環境に…居ませんでしたから」

「ほう」


中条に視線を流し氷見が放った、それは痛烈な皮肉。


「…それじゃ、今日は頭脳派じゃなくて別のほうで」


神龍で【デビュー】を飾らせるにゃ、後々の憂いをはらう為にも派手なほうがいい。

だが、その前に。俺は氷見を近くに呼び、彼にしか聞こえない声で付け足す。


「ただ、おまえには最初、してもらう事がある。それだけは《頭脳派》の仕事かな。」


耳に滑らせる、囁き。すると氷見は微笑んだ。

瞳に猛禽類のような鋭さを浮かべたままで。


「かしこまりました、若頭」




「成瀬さん、お兄さんのお名前は秀和さんでしたね?」


最初、引き据えられた自分の前で椅子に座り、膝に置いたノートPCに黙々とブラインドタッチで何かを打ち込む氷見を前にして、成瀬は問いにも答えず、口汚く罵るだけだった。自分の立場をこんな状況になってもさとることは出来ないらしい。

慣れているのか、氷見も敢えて取り合おうとはせず作業を続け、数分後。

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