俺は片手を使って器用にスーツの上着を脱いで新庄に渡す。


「シャツは汚れるもんだから良いけど、上着くらい脱ぎなさい、高いの着せてるんだからって、黒橋に怒られんだよ。オカンか、あいつ」

「黒橋さんに怒られますよ。誰がオカンですか、って」

「そりゃそうだ。じゃ、いくか。よっこらせ、っと」


俺は左手で前髪を掴んで固定していた男の頬に右足の廻し蹴りをクリーンヒットさせる。


「ぐはっ…!」


男の頭が激しく揺れて口から血と唾液が飛ぶ。


「ごめんな、騙し討ちみたいだけど、あんまり最初から拳使っちまうと痛くなっちゃうからさ?おい、一回での失神おネンネは禁止だよ?つまんないからなっ!」


と間髪入れずに鎖骨に連続で拳を入れる。

手加減してないからかなりイヤな音がする。

折れやすいし地味に激しく痛い、という良い場所だ。


「宮瀬」

「はい、若」

「鉄パイプと縄」

「…用意してあります」

「優秀だな~、うちの組長オヤジの子飼いは」


椅子に拘束してある男の両腕を後ろに回させて、胴体と腕の間に突っ込んだ鉄パイプに両腕を二本の縄で縛りつける。

そして鉄パイプの端に片足を乗せて徐々に体重を乗せてゆく。

鎖骨が折れてる奴にはかなりの痛みの伴う技だ。


「がっ…ああああっ!!」

「痛いか?痛いよな?そりゃ、痛いようにしてんだから痛いよ?」


俺は体重を乗せた足を上下前後にゆさゆさと緩く揺すってやる。


「でもまあ、下っ端よりはユルくしてやってるぜ?多分あいつらもう人間の言ってること、理解できないだろうからな」

「…!」

「…拷問してんの、親父の舎弟頭なんだよね。容赦無しでって言ってあるからさ、おっと、ここでは漏らすなよ?臭えし、面倒だから。まあ、まだそこまではいかさないよ、午前中だしな」

「ひっ!…た、た、たすけ…」

「聞こえねえなあ?」

「…た…すけ…て……」

「てめえの組の脳ミソ筋肉馬鹿の口に酒瓶突っ込んだ時は加減したか?奴も意識のあるうちはきっと言っただろう?…やめてください、助けて、お願いしますってな」

「!」

「小野原って奴だったな。実働部隊のトップだなんだとおだてられて、結局は仲間に捨て駒扱いされて絶縁状ポケットに入れて湾にプカプカ、じゃあ、浮いた魂も沈むわな」


わざとらしく静かに言ってやる。


「てめえがリンチするときは手加減なんか棚に放り投げる癖に自分がやられりゃ哀願する。それでやめてたらこの商売は成り立たないだろ?」


上に乗せていた足をいったん床に下ろすと見せかけてから、反動をつけて膝頭を使い思い切り、上に押し上げる。


「ぐわっ!」

「俺は楽しいぜ?こんなに純粋に嫌がらせ出来んの、久しぶりだからな」

「…本当に楽しそうな若が見れて、俺らも嬉しいです」


小さな声で宮瀬が呟く。


「笑ってませんもんね、今」


新庄も宮瀬の呟きに付け足すように続ける。

そう。今の俺の表情を他人が見たなら。

ぞっとするような無表情。

狼が密やかに獲物を追い詰め、食い殺す時に見せるような酷薄な、それ。


「…ひ、人でなしぃ…っ」


人聞きの悪い…。

俺は涙とよだれで汚れた男の手首を握り、もう片方の手で男の左の掌を曲がる方向とは逆方向にぐいぐいと捻り上げる。また、響く鈍い音。


「ぎゃっ…!」

「俺よりずっと年上なんだから、人でなしなんて酷い言葉、他人に使ったらどんな事されるものだか分かるだろうに。やっぱり馬鹿だね」


冷たい眼のまま、睨んでやる。


「極道にとっちゃ、褒め言葉にしかなんねえけどさ」


そのまま椅子ごと蹴り倒して、したたかに床に頭を打ち付けた男の折ってないほうの鎖骨を思いきり踵で踏みにじってから椅子ごと男を引き起こす。

口から血の混じった泡を吹き、そろそろ焦点の合わなくなってきた男のうつろな瞳に軽く舌打ちする。


「いけね、嫌がらせが久しぶりでちょっと突っ走り過ぎたかな?…黒橋ならもう少しねちっこいのに」


独り言が口からこぼれたところで。


「誰がねちっこいんですか?」


扉が開いて。松下の叔父貴と黒橋が部屋へ入ってくる。


「黒橋、早いよ?」

「…あんな雑魚、精一杯長くいじり倒したところで三十分がせいぜいです。面白くもない。飽きました」

「ほら、早いのに不満?ねちっこい証拠の発言ゲット」

「……。それよりまあ、シャツに血が飛んでますよ?袖口も染まってるし。…わざとですか」

「泥遊びは汚れるから楽しいんじゃん?」

「私がお仕えしている方は確か、四歳の幼子おさなごではなく二十四の青年だった筈なんですがね」

「そうだったっけ?」


突っ込む黒橋。とぼける俺。そして感心したようにフンフンと、ぐったりした《物体》を検分する叔父貴。


「綺麗に関節決めてんな。血流してる割には丁度いい〈仕上がり〉具合だ。生きてるとはもう言えねえが、死んでもいねえ」

「一応、下っ端とは仕上がり具合を変えたつもりなんですが」


溜め息を一つついて眉を寄せ部屋を出ていった黒橋の背中を目で追いながら俺は松下の叔父貴に答える。

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