松下の叔父貴から注がれた酒を口に含みながら黒橋は続ける。


「“実は僕、とある堅い職業の方に縁故があって、貴女の事、つい話しちゃったんです。僕にとって、もう放って置けないくらい大事になりかけてる、貴女の事だから…。そしたら、すごく心を痛めてくれて、是非貴女の力になりたいっって言ってくれて”、“いえ、貴女は何も危ないことしなくていいんですよ?ただ、○○兄さん(例のホスト)から義弟さんの名前や話がちょっとでも出たら僕に教えて?大丈夫、絶対に貴女は僕が護るから。何も起きなかった、穏やかな日々が戻ってくるんですよ?約束します”」

「口が上手すぎんだろ?その〈新人〉とやら。…一体誰がそのメロドラマの筋書き書いたんだか?ハーレ◯インも真っ青だっつーの」

「さて、誰でしょうね?」


黒橋は事もなげにそっぽを向く。


「で、今日から兄夫婦は子どもと一緒に一週間ほど某外資の有名遊園施設に『避難』です。【彼女の足繁く通ってる趣味のフラワーサークルで彼女を妹のように可愛がっている年上の奥様から是非御家族と楽しんで?とプレゼントされた優待チケット】を使ってね。何故か旦那の会社からも有給扱いの休暇が出ましたしね。怪しまれてチェックされたとしても素人では見抜けないくらいの細工はしましたし」

「……龍坊。黒橋は怒らせないようにしようなあ」

「全くもって同感です、松下の叔父貴。俺、黒橋をこの間ちょっと怒らせた時地獄みましたもん」

「龍哉さん、余計なことは言わないように。まあ、それで。新人を回収し、証拠を消して。まあ、他にも色々やりまして。やっと組に腰を落ち着けられますが。成瀬にとっては義姉にあたる彼女から大事な情報貰ったんで、動けと言われれば、すぐにも動けますけど」

「んー、あんまり早くに動いてもせっかく松下の叔父貴が来てくれたのに悪いしな?嫌がらせはじわりじわりのほうが楽しいし効き目もあるし。…二日待とう。明日、痛めつける奴とは別にもう二人、それも上席幹部が来る筈だから」


俺はまたいつの間にか空になっていた杯に酒を満たす。


「そっちは俺がやるわ。松下の叔父貴に久しぶりに俺の腕を見て貰ういい機会だし、【親】の成長は【子】の自慢だろう?」

「承知致しました、【若頭】」

「仲がいいなあ、二人とも。めでてえ事だ」


松下の叔父貴は嬉しそうに笑うが。

こういう時の黒橋の扱いは間違えると面倒臭いから結構気を使うんだよな。これでも。


「とにかく、朝までは飲みましょうや。松下の叔父貴も平気でしょ?」

「たまにゃ、若いのと飲むのも刺激になって良いもんだ。毎回だと医者が目を吊り上げるがな(笑)」

「…お付き合いします。お二方」


朝になればまた、騒がしくなるだろうが、それまではちょっと小休止出来そうだ。

黒橋の声も帰って来た時よりは穏やかになったし。

気合いも入れ直さないと多分黒橋にお尻ペンペンされるしな、後で。実はそれが一番、恐ろしい。

…真性ドSはここにもいるのだ。






「って事で、大変申し訳ないんだけど、情報聞き出そう、とかってのは実はもう必要性が無くなっちゃったんだよね?せっかく、来てもらった年上のお兄さん達には悪いけど」


翌日の午前八時。

実は昨日の夕方に取っ捕まえて別の倉庫に放り込んでいた上席幹部二人のうちの一人を地下の昨日とはまた別の完全防音の部屋に引き据えて、そう言った時、奴はなんとも言えない微妙な顔をした。

部屋には俺と宮瀬、新庄の三人。黒橋と松下の叔父貴は予定通り、残った三下への尋問を終えてから合流するのでこのメンツになった訳だが、向こうにしてみりゃ、二十代前半から三十代前半の、松下の叔父貴などと比較したら強面でもないひょろひょろしたのにニヤニヤ笑いながら口を開かれても、何をされるものだか実感も湧かないに違いないし、俺が誰だかも知らないんだろう。

宮瀬が言う。


「…このかたは、お前ら阪口がたま取ろうとした若頭、桐生龍哉さんだよ」

「……っ?!」

「はじめまして」


俺は屈んで、途端に顔面がひきつり出した四十代前半くらいの男に視線を合わせ、口角を上げてみせる。


「久しぶりに悪友に誘われてぇ、タダ飯食らってる時に襲われちゃったあ、間抜けでーす」

「……!」

「俺さぁ、襲われてみて分かったんだけどー、飯食ってる時は駄目みたーい。集中途切れてイライラすると味しなくなるじゃん?まあ、せっかくの料亭飯だったから、常磐に任せて俺は取り押さえなかったけど」


言いながら、俺は目の前の男の前髪を掴んで顔を覗き込む。


「同級生に借りを作んのも、そいつに罪悪感丸出しの顔をされるのも実は嫌いでさ、俺。だから、やり返そうかなって思ってさ」

「…ひ…っ」

「成功する確率低いのに鉄砲玉仕込んでくんのは嫌がらせだよなあ?だから、俺もただ単純に嫌がらせ。おい、新庄、今脱ぐからちょっと上着受けとれ」

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