振り返らずに話しているから、先輩は俺の背中に話しかけ、俺は背後に言葉を投げている状態なのに、お互いの表情の想像がつく、『似た者同士』。


「嘘はいけない。お前の場合、閻魔様の前に長髪美人の恋人にその舌を引っこ抜かれるよ、龍哉?」

「確かに、遠慮なく引き抜きそうだ。超絶美人の我が恋人なら。魂ならとっくの昔に抜かれちまいましたが」

「言うね(笑)」

「言い返す相手がそのもう一つ上の“超”超絶美人ならきっと許してくれますよ」

「だ、そうだよ、紫藤?…今の発言、こうが、恥ずかしかろうが、許しておやり?」

「大丈夫です、先輩。あとできっちりとシメますから」


文親さーん、顔に浮かべた天使の微笑みと、口から出た悪魔の言葉が完全に行き違ってるんですが(泣) 。


「文親さん、西荻先輩のサドっ気は受け継がなくていいんですよ?この人はサドの上に超が七つぐらい付くドSなんだから」

「龍哉、失礼だよ?」

「紫藤は良い子だねぇ。大丈夫だよ、これでも遠慮してるんだよ、龍哉には?」

「先輩のサドっ気を遠慮なしにぶつけられたら、俺の仔犬のような心が跡形もなく死滅します。あー、怖」


ちら、と三條先輩を見て言ってやれば。


「お前のどこが仔犬だよ」


ジゴロみたいな見た目の癖に、一丁前に言い返してくる。

…あ、一応“先輩”だから失礼か?


「子羊の かぶった【狂犬】の癖に」

「大丈夫だよ、楓?お前は頭のてっぺんから足の先までまごうことなき野良犬だから」


くすくすと笑いながら、西荻先輩は三條先輩への手を緩めない。


「…櫻ぅ~」

「…先輩、大丈夫ですよ?三條先輩の発言は九割八分、聞き流してますから。それより、これ以上やると幾ら三條先輩のハートが少し使い込んで融通が効かなくなったゴム製品でも、壊れちゃうんじゃ?」

「俺より鋭く撃ち込むくせによく言うね。でも、そのフレーズは良い感じだから覚えとく」

「どうぞどうぞ、差し上げますよ」


言葉を交わす俺の前で。


「文親先輩、真性の超ドS同士の会話って怖いね」

「雅義、『君子、危うきに近寄らず』だよ」

「はーい」


こいつら…。


「しかしまあ、ロマンチックな仕返しだね?」

「関わった下っ端共の小指エンコなんざ詰め合わせて送った所で面白くもない。後処理が面倒臭いしね。それなら嫌味には嫌味で返してやったほうが、多少は、ね」


俺は言葉を続ける。


「アイツは自分が知識を吐くのは好きだけど他人から自分の知らないことを聞いたり教わったりするのが大嫌いなんです」

「最低」


雅義が舌打ちする。


「まあ、でもアイツが“裏”にいるなら、とりあえず阪口にこれから遠慮は要らねぇな」

「龍哉、今度はちゃんと報連相しないと黒橋さんに逆さ吊りにされるよ?」

「…やめろ、雅義、あいつが本当にやりそうで怖い」


俺はうんざりして肩を竦める。


「報連相は俺にもして欲しいな?」


ほら。ここにもいるんだよ。

かやの外は大嫌いな人が。

でもな~、“動く”時に俺はいつも間違えるのかもしれない。自覚しても直せない悪い癖。


だいたいのことはあれから文親さんには言った。

雅義を訪ねた事実。黒橋に怒られた事実。

ただ、不確かな【真実】はぼやかしていただけ。


「…今回は無理だった。事前にばれりゃ、あんたは西に確実に何かするから。そんな事になってみろ?ゾッとしねぇ話だし、何かあったら俺は篠崎さんに確実にぶん殴られる。やだよ、確実に死ぬし」


笑みをわざと消した。


「…これから先も少しの間はおイタは我慢して?その代わり、俺じゃなくて黒橋が、西の情報は清瀧と常磐に充分に入れるって」


でも、あまり二人に深刻になられても困るから、黒橋の伝言をもう一つ伝える。


「“うちの食虫植物は誘惑香は得意でも口は得意じゃ無いですからね?”ってさ」


ぶっ!と吹く雅義。


「なあに、まだ覚えてくれてンの?嬉しいなあ」


俺にウツボカズラなんて不名誉なあだ名つけたのは、お前だ、雅義。

知らない間に惑わして。とろかして取り込んで逃がさない。

そんな器用な事を自分がしているとは、今も思えないのだけれど。

周りに言ってもはぐらかされるばかりで取り合っては貰えない。


「なあに、それ?なんの話?」

「あ、あのですね、西荻先輩!」


こら、馬鹿雅義!

嬉しそうに西荻先輩に駆け寄って、余計な事耳元に囁いてんじゃない!

見ろ…。西荻先輩の嬉しそうな意地悪顔。

お前はまた頭撫でてもらって夢見心地だろうが、あの人がこの話題で何年引っ張るか…、考えただけで頭痛い。


案の定。西荻先輩は人の悪い笑みを満面に浮かべて俺を見てる。

言葉では何も言わないけど、存分に目が語ってますよ、先輩。


「さて、じゃ、そろそろ帰ろうかな?お役目は果たせたようだしね」

「有難うございます」

「近いうちにうちの店にも来てよ、龍哉?」

「そうですね、義理を果たしに(笑)」

「ふふ(笑)」


西荻先輩はセカンドバッグから小切手を取り出すと一枚切り取って白紙のまま俺の前に滑らせる。


「お勘定」

「確かに」

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