西荻先輩が雅義に微笑みかける。
んー、この人本当に楓先輩以外には天使なんだよなー。
「…やっぱり龍哉って凄ぇよな、だって、西荻先輩を引っ張り出しちゃうんだから」
すると。西荻先輩は横の二人に目配せして隣の席を一人分空かせ、雅義を手招きして、自分の隣に座らせる。
「可愛いな。雅義は?自分だって結構大変だろ、ここのところ?…全く、俺は後輩には恵まれてるよ。同級生には全然、恵まれて無いけど」
俺がやったように髪の毛をわしゃわしゃされる雅義。
あ、固まってる。そりゃそうだ。文親さんに優しくされただけで舞い上がるんだから、滅多に会えない西荻先輩に初めてここまで親しいスキンシップされたら、魂が浮遊しかけるのは道理だろう。
「ひゃ…っ」
おい、どこから出してる。その裏返った高い声。
しかしまあ、無理もない。
「先輩、あんまり雅義を甘やかさないで下さい。三條先輩の報復なんて怖くないですが、雅義が昇天しちまいますから」
「…相変わらず、無粋だね。龍哉(笑)」
「そうですか?」
俺は笑い返す。
もうすっかりと身に付いた、仮面の笑顔で。
「でもまあ、お前はその可愛くないところが可愛いんだから良いんだよ」
「…二十四の男なんざ可愛くありませんよ」
「そうかな?雅義や文親は違う意見ぽいけど?」
ったく。この人には絶対に口では勝てない。
仕方なく俺は話題を変える。
「で、雅義、あっちの方は」
すると。文親さんや西荻先輩と軽くじゃれていた雅義の表情がすうっと変わる。
「…このまま話していい?」
「ああ。良いですよね?先輩方?琉音くんと隆聖くんも」
皆が頷く。
「馬鹿の上に利口がいたよ。つーか、あいつの場合は利口馬鹿だけど」
「……」
雅義は持っていたセカンドバッグから封筒を取り出すと俺に手渡す。中に入っていたのはUSBメモリー。
「詳細はその中に今分かっている所までが全部」
「…仕事が早いな、助かるよ。雅義。甘やかすつもりは毛頭ないけど」
「篁が張り切ってね。PCキーがすり減りそうな勢いでネタを集めまくって睡眠時間削る削る」
「あらら」
そりゃ、悪いことをした。
アイツは責任感が強すぎるから、相当無理しただろう。
「まあ、もともと三時間も寝りゃ良いとこだからね、篁は」
「三時間の睡眠時間削ったら、寝る時間無くなるじゃねぇか」
「いいんだよ、龍哉の為なら本望だろ?」
「雅義…それを言うなら、お前の為なら本望、だろうがよ」
篁の動機なんて一から百までそれしかない。
俺の事なんて行動理由の一つにはなっても動機になんかなりやしない。
大事な若に恥をかかすやつらがいるからこそ動く。
まあ、それは黒橋もそうだろうが。
ま、それはともかく。
次に雅義が口から出した名前は、その場の人間を凍りつかせるには十分の威力があった。
「冬星会直轄、因幡組若頭の
「…今、なんて言った?…因幡?」
「ええ。紫藤先輩」
文親は余程驚いたのだろう。グラスを持つ指先が小刻みに震え始めている。
「落ち着きなさい、紫藤」
「…すみません、西荻先輩」
西荻先輩は低く静かに文親を落ち着かせる。
今はそれに任せる事にする。
「…意図は?」
「いや、意図までは。もう少し時間くれ」
「…っていうか。そっかそっか。やっぱりか」
俺は頷く。
と。急に。西荻先輩と雅義がケラケラ笑いだし。
逆に文親は訝しげにこちらを見る。
「…やっぱりって。やっぱりな」
「…龍哉、お前の中の“アレ”は相変わらず元気みたいだねぇ?安心したよ」
「意味が分からない、どういう事?」
俺はポリポリと頭を掻く。
「…ったく。文親さん、ごめんね。訳わかんない事で盛り上がるのが大好きなんだよ、この人達」
「じゃなくて、…何で因幡?」
「…なんでだろう、って…文親さんにもって回った言い方するとこっちがヤバイから話すか」
と、その前に。
「すみません、西荻先輩、それに琉音くん、隆聖くん。ここからはちょっと『本職』の話になるけど、適当に飲んでてもらえます?注文は受け付けるんで」
「了解。大丈夫。こちらも職業柄、相手の“プライバシー”に踏み込まない術には長けてるんでね」
「はい!」
「了解です」
「…おい。もう一人の堅気には聞かねえのかよ」
「三條先輩なら言わないでしょ。それにあんたは自己認識は堅気だけど、第三者認識からすりゃゴロツキ寄りですから敵認定からはかろうじて外しときます」
「…ありがとよ」
一人寂しくグラスを傾ける三條先輩は可哀想だが、サクッと意識から追いやる事にして。
俺と文親さんと雅義は席を移動して固まる形になり、話を再開する。
「…どういう事」
「……因幡一冬。【別荘】行ってたのは、二人とも知ってるよな」
この場合の【別荘】は勿論。
「三食昼寝付き、二十四時間監視付き、のアソコね」
「そう。そこからお帰りなさいしてたわ。半年くらい前に」
「……」
「よくお調べで。俺らの協力いらなかったっぽいけど?龍哉ちゃん?」
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