俺はそこで口を挟む。
「お前ら、俺を省いて二人でしゃあしゃあと社交辞令かましてんじゃねぇぞ」
すると。
「社交辞令ではありません、当然のご挨拶です」
氷のほうがまだ温かいんじゃと思うほどの絶対零度の声音で黒橋は俺に答えを返してくる。
「うわぁ、黒橋さん、めっちゃクールビューティ♪」
「若を中途半端に甘やかすとロクな事がありませんからね」
ちらり、と黒橋は俺に視線を流す。
「どうもここの所手綱を長くしすぎたようですから」
「!」
『やんちゃな
…いつかの
「?」
「こちらの話ですよ。常磐の坊ん」
「ふぅん」
雅義は面白そうにこっちを見てくる。
他人事だと思いやがって。
こいつが本当に手綱を短く持ってみろ?身動きなんかできゃしねえ。
「ねえねえ。帰ったら正座させられるーとか怯えてたんだけど?本当に正座させるんなら写メ頂戴?俺と悠希だけで共有するから」
「悠希?」
「えっと、あの…俺の、側近の篁」
「ああ」
思い出したらしく、少し表情を緩める黒橋。
そしてそのままの表情で。
「それなら、もっといいものを差し上げますよ、常磐の坊ん」
スーツの内ポケットからスマホを取り出して。
なにやら画面をタップして。
雅義のスマホがピコンと光り。
「いいもの?なんだろ」
興味津々で自分のスマホを確認した雅義が目を見張る。
「うわぁ♪なにこれ?」
「そちらのほうが貴重でしょう?」
「うん!こっちでいい!ありがと、黒橋さんっ」
おい…。何を雅義に送った…。
嫌な予感しかしないんだが…。
「ん~。龍哉ぁ~。俺、頑張るわ。こんなご褒美先払いされちゃ頑張るしかないもん」
「…おい、黒橋」
黒橋を指先で呼ぶと。
目の前に差し出された黒橋のスマホに表示された画像が数点。
「………っ」
「何か不都合でも?龍哉さん?」
「お前…っ、いつ、どこでこんなもの撮った…?」
「さぁ?」
そこに写っていたのは自分の部屋のベッドでうたた寝する俺の寝顔。風呂上がりに寝てしまったらしくまだ乾いていない髪が額にかかっているもの。他には車の中での仮眠中のもの。あとはどこから撮ったのか、本家に行った時、明日美母さんの手製の菓子に手を伸ばしている笑顔の俺。
「……お前、こんなもの…」
反則だろう。
「どうせ貴方の事です。無茶な事を御願いしたんでしょう?心配しなくても、近いうちに清瀧の若にもお送りしますよ」
「あ、それはそうだね。これは俺達だけだと紫藤先輩に確実に怒られるやつだもの」
まだ、地球上に存在していたいわ、と黒橋に笑いかける雅義の無邪気な表情に毒づきたくなる。
だが。
「帰りますよ、龍哉さん」
口を開こうとする俺を制して、黒橋は俺の肩に手をかける。柔らかいけれど有無を言わせない、無言の圧力に、口から出るのは溜め息ばかり。
「分かったよ、…行こうか」
俺はソファーから立ち上がる。
「じゃあな、雅義。連絡待ってるぜ」
「ああ」
「篁によろしくな」
「伝えておくよ」
敢えて玄関までは送らないと言った雅義に頷き、別れを告げて、山科さんに先導されて、廊下に出る。先頭が黒橋、俺、宮瀬、新庄、そしてマサの順番だ。
勿論、帰りに案内されたのは正面玄関。
廊下の突き当たりまで来ると明らかに屋敷内の雰囲気が違うのが分かる。
真ん中を開けて二列に居並ぶ、中堅以上の面々。
気圧されている下部の構成員達。
「おい、神龍の若頭のお帰りだ!」
山科さんが腹の底に響くような低音を出すと。
一斉に並んだ幹部が九十度の礼をする。
そこに何の躊躇いも迷いもなく足を踏み出す黒橋と、ゆったりとした笑みを浮かべて続く俺。そして表情を引き締めた宮瀬以下の三人がそれに続く。
下っ端の人間の中には初めて俺を見るものもいるのだろう。
「本日はお疲れ様でございました。またのお越しをお待ちしております」
山科さんの丁寧な言葉の背後で俺を窺う幾つもの視線。
「何にも疲れる事してないけど。返って騒がしたな、悪かった。…あんまり責めてやるな?程々にな」
水を打ったように静まり返る空間に響く、俺一人の声。
「ご心配有難うございます。お言葉、胸に留め置きます」
「…じゃあな」
玄関を出ると。
既に神龍の二台の車は横付けされていた。
俺とマサが桐生から最初に乗って来た車にマサと宮瀬達、もう一台に俺と黒橋が乗る。
そして車が動き出す寸前。
「若」
「…ん?」
「話して下さい」
「…ああ」
「貴方の口から直接聞きたい。何なら他の三人は先に帰らせます」
「そうだな、分かった、淳騎」
そう返すと。
黒橋はスマホを操作し、さっさと宮瀬達に連絡してしまった。
宮瀬達の車が動き出してから、俺達の車も駐車場を出る。
「何処行く?淳騎」
「そうですね。では…【Farfalla nera】ではどうですか?」
「…任せる」
「急に行っても対応してくれるでしょう。あそこなら。
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