こめかみを軽く指でほぐしながら、俺は雅義がじっとり睨んでくる視線をやり過ごす。


「龍哉ぁ?俺、この子の事、全く知らないんだけど?」

「…そうかあ? デビューしたて、ピヨピヨのヒヨコなんざ別の組の人間が知らなくても普通じゃね?」


すっとぼけても。


「…いや、あり得ない。俺だけならともかく、悠希まで知らないとか絶対あり得ない。…陰謀?」


こういう時の雅義はしつこい。


「あーのなー。こいつはまだ十代ピッチピチのうちの有望な若手なの。怖いお兄さんに根掘り葉掘りされてか弱い心にボコボコ穴あいちゃったら使い物にならなくなるだろうがよ」

「…開けないよ?」

「嘘つけ、バカ雅義」

「ひでぇな」


しかし、容赦は禁物。ここへ来た目的が友情というニンジンぶら下げた調査の依頼だからといって、それはそれ。これはこれだ。


「お前、高校時代、俺を慕ってくる後輩、何人つぶしたか、忘れたとは言わせねーぞ?」

「…えへへ(笑)」

「えへへ(笑)、じゃねえ。まあ、お前が潰そうが、追い払おうが側に置きたい奴は呼び戻して側に置いてたからな。別に損はしてなかったが」

「…そうだったよな」


雅義は俺の言葉で当時を思い出したらしく、嫌な顔をする。


「大丈夫だぞ、マサ?ちょーっとかなりねちっこくて性格アレだけどこれでも『今は』若頭だから。基本はハイハイ流してりゃいいが、しつこすぎたら俺に言え。蹴り入れてやるから」

「…え、あ?…はい。でもよろしいんですか?ご友人じゃ…」

「うん。でも、気は許しちゃダメなパターンの先頭にいる奴なの。頼りには時々なるけどね」


ちらり、と雅義に目線を流してやる。

自分のするこの仕種が相手にどんな効力をどう現すのか、知っていながらやる俺はやはり“性悪”なんだろう。


「ちぇーっ」


俺がさりげなく前に出て背に庇う形になっているマサを覗き込むようにしながら雅義は拗ねる。


「そっちのマサは良くて、こっちの【マサ】は駄目なわけ?付き合い長いのにさ」

さぶっ…。…お前なぁ。ガキみたいな事言ってんなよ。使い道が違えば扱いも違うんです。言わせんな、阿呆」


不毛な言い合いにそろそろ幕を引くべく強めに言った所で。

足音の気配がして。山科さんが戻って来た。


「神龍の坊ん」


片手に握られているのは山科さんのものらしきスマホ。


「お電話、ですよ?」

「げっ!」


なんて、絶妙なタイミング。

俺は山科さんからスマホを受け取り、少しためらってから、観念して耳にあてる。


「何が『げっ!』ですか?龍哉さん?私が目を離すと本当に貴方は何をするかわかりませんね?」

「黒橋…」


スマホの向こうから聞こえてくる黒橋の声は穏やかで甘みすら含んでいる。しかし、こうした時の黒橋の方が怒りモードの彼よりも何倍も恐ろしい。


「お迎えに上がりますから、おとなしくそこでお待ち下さい。いいですね?言っておきますが、貴方に拒否権はありませんよ?」

「…お前が『お迎え』に来ると事が大きくなるだろう。今日は神龍の若頭で来てるんじゃ無いんだよ」

詭弁きべんですね」

「…黒橋…」

「山科さんに少しお聞きしましたよ。行くときは同級生で構わなくても、お帰りの際は神龍の若頭で帰るべきです」

「…分かったよ。なるべく少人数で来いよ」

「はい」


俺は肩を落として山科さんにスマホを返す。


「すみませんね、山科さん」

「いいえ」

「なぁに?黒橋さん来るって?」

「ああ。こりゃ本気で正座コースまっしぐらだな」


バレるのは覚悟の上だ。叱られるのも予想の範疇。

俺に関しては麻薬犬並みに鼻が効く黒橋だから。

ただ、迎えにまで来ると言うのは予想外だった。


「…写メ…」

「ボコるぞ、雅義」

「だって悠希だって欲しがってたもん」

「…知らん。勝手に頼め。言っとくが同級生だけ、だ」

「はーい」


止めとかないと絶対こいつは先輩に写メ献上する。

止めたってする確率は九割だ。

ならば一応言質は取っておいて仕返し上等にしとかないと。

黒橋、許してくんないかな~。無理だろうけど。





そして一時間後。

黒橋は三人連れで迎えに来た。

一応は配慮したのか、黒塗りの外車じゃない、国産車で来たと言ったが、…しかし。


「おい」


山科さんが出迎えに行って常磐の応接室に入ってきた黒橋以下の顔触れに、俺は一瞬声を失い、その後に溜め息をつく。


「宮瀬、新庄…って黒橋、お前。わざわざ親父の所へ行って借りてきたのか?」

「快く何もお聞きにならずに“貸して”頂けましたよ?ちなみに期限は無期限で」

「お久しぶりです、坊ん」

「お久しぶりです」

「久しぶりって…いうか、ここまでやるか?まあ、やるな、お前なら」


宮瀬こと宮瀬みやせ恂也しゅんやと、新庄しんじょう昭憲あきのりは親父の子飼いの側近だ。かっての黒橋と同様に。

歳は確か二人とも三十で、俺の六つ上だ。


一礼してくる彼等に軽く答えながら、内心、目眩を覚える。


「常磐の坊ん、今日はうちの若が突然、ご迷惑かけまして、申し訳ございません」

「いやいや。こっちこそ心配かけて」

「いいえ」

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