だが。
「ご冗談を。曲がった鉄は熱いうちに無駄でも打たないと。車の中で、不心得者はいないと若頭に請け負いましたのに。ふざけた事を。組の示しがつきません。それでなくとも、うちの若は下の者にああした激情を見せることは滅多にない。いい機会ですよ」
「…ったく。お前ら二人はそういえば、そういう奴らだったよ。あー、
「龍哉さんには負けますよ」
しれっと返してくる篁に、俺は溜め息をつく。
しかし、このままにしておく訳にもいかない。
「おーい」
俺は雅義の後ろ姿に声をかける。
これ以上若い奴がズタボロになる前に。
「雅義くーん?やり過ぎですよー?下の仕事を増やさないでー?」
あくまでも明るく、あくまでも軽く。呼び掛ける。
「山科さんも困っちゃうから。なぁ、山科さん?」
「坊ん、龍哉さんのいう通りですよ。それに余りお待たせするのも失礼ですよ」
流石に山科さんは雅義を止めにかかってくれる。
山科さんが止めに入れば周りが動き、雅義と組員を引き離し、彼らはそのまま部屋の外へ連れ出されていく。
「…ごめん、龍哉」
雅義は俺達のほうへ戻って来ると俺に詫びを入れる。
「いいよ。不可抗力だろ?」
笑ってやると、後のセリフを篁が引き継ぐ。
「若、部屋に戻りましょう。いいですか」
「ああ」
「…で?いいから言いな、マサ。大丈夫」
雅義の部屋に戻って。緊張するマサの口を開かせ、聞き出した内容は。
「出して頂いたお茶を飲んでいたら、あの…お二人が…。随分と若いようだけど、若頭の…腰巾着か?って…。どんな手を使えばお前のその若さで神龍の若頭にくっついてきて、常磐の若頭の屋敷の控え部屋でふんぞり返れるようになるのか…って…」
「おやまあ」
「あの馬鹿野郎共…っ!」
「まあまあ、雅義、落ち着けや。それで?」
「刺客を捕まえたのも常磐の若で、リンチの仕上げをしたのも
そこで一瞬、マサが唇を噛み。言葉にするのを
「おうおう♪なんて言われた?」
我ながら、チャラい相槌だ。
「自分の尻も自分で拭けない…ボンクラか?…さすが元はカタギ、お里が知れるな…って」
「!」
「…言うねぇ(笑)? まあ、言うのは自由だ」
俺は声をたてて笑う。別に腹も立たない。
事情を知らない、深くも関われない、下部の構成員からすりゃ、全くその通りだ。
が。
マサの言葉を聞いた途端に篁はスッと立ち上がり、無言のまま部屋を出ていった。
そして雅義は。
ソファーから立ち上がり、部屋の隅に控える山科さんの前まで行くと。
こちらも無表情、無言のまま、手の甲側を使って思い切り山科さんの頬を張り飛ばす。
山科さんは避けずにそれを無言で受け、切れた口の端の血も拭わずに俺に一礼して部屋を出ていく。
「雅義。山科さんにゃ罪ないだろ?」
「下の不始末は上の不調法だ。情けなくて涙も出ねぇ」
吐き捨てる雅義の口調は苦いものだった。
「ばーか。お前に泣いて貰おうなんざ思ってもねぇよ。大体、神龍の身近から不義理もん出してる事にゃ変わりねえんだから気にすんな」
「…気にするよ…っ!」
こうなると宥めも効かない。が、そこで。
「…すみません、俺が…きちんと出来なくて…」
「いや、マサ君がなんで謝るの?」
「俺、変に悪目立ちしたんだと思うんです…。勧められても断って目立たない外にでも立ってれば…、あの方達の気に障らずに済んだんじゃ…」
「マサ」
不意にマサが立ち上がり、俺達に頭を下げる。
「すみませんっ!常磐の若にも若頭にも恥をおかけしてっ!」
「恥なんか、かかされてないぜ? 頼みもしねえのに売られた喧嘩を勝手に買えば恥だがな。俺が来るまでキチンと“待て”が出来た番犬なら誉めこそすれ、怒りゃしないさ」
「…若」
「……」
「それより、雅義? 篁、大丈夫な訳? あの
黒橋と篁は似た者同士だ。
俺に絡んで黒橋がキレたように、篁も雅義が絡めばキレ易さは同等だ。
「…多分、平気。殺しゃしないだろ。山科がすぐ後を追ったしな」
雅義の顔に、うっすらと冷たい笑みが浮かぶ。
俺の真横でマサが息を呑むのが分かる。
考えてみれば、二つの組の若頭に挟まれて同じ部屋の空気を至近距離で味わうなんて経験、普通に下っ端をやってりゃあ、一生無い経験には違いない。
許せ、マサ。
「そういえば、…マサ君だったっけ?何か武道やってる?強いよね?間違いなく。動きが半端なく鋭かったし。ただの警備要員じゃ無いよね」
「あ、…いえ…」
マサはそーっと、俺を伺い見る。
俺は諦めたように口を開く。
「合気道、四段だよ」
「…段持ち。しかも四段って…歳いくつ?」
「十九に、なりました」
「十九で、四段。最高段位(五段以上は師範格となるため)?」
「…飛び級してるからな、こいつ」
文親さんにもまだ言ってないのに。
適当にあっちにも情報開示しとかないとまたお仕置きされそうだな。あーあ。
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