言うと。


「俺は構いません、若が“受ければ”従うまでです」


篁の迷いのない返答に、思わず苦笑する。寸分違わず同じ答えを返すだろう男を、知っているから。


「全く、お互いに側仕えの鏡みたいな野郎を持つと、俺達『上』のアラが目立って仕方ねぇなぁ、雅義?」


雅義がよく言う“人の悪い”顔で笑ってやれば。

同じ笑顔を雅義も返してくる。


「本当だ」


物凄く嫌だけれど、今、俺と雅義は同じ表情かおをしているだろう。


「…っていうか。俺は帰ったら即、黒橋に取っ捕まって二時間はネチネチ説教喰らうだろうがな。…あー、気が重い」

「それは仕方ないですね。お気の毒とは、思いますが」

「“若頭ともあろうお人が本能で動いてどうしますか、報告、連絡、相談は貴方の頭には無いんですか?抜けるんですか?そんなザル頭要らないでしょう!”って、真顔で怒るんだぜ、こういう時。怖いからあんまりやらないけど、今回ばっかりは自分の部屋のフローリングに正座かも…?」

「…正座…」

「なんだよ、雅義」

「黒橋さんに正座の写メ、ねだりたいかも」

「げっ!」

「いいじゃん、[お願い]にはご褒美がつきものでしょ?ねぇ、悠希」

「若、もし写メが頂けましたら、私にも転送して頂けますか?」

「勿論♪」

「…お前らなぁ…」


とんでもねぇ“同級生”達だよ、全く。


と、そこに。

控えめなノックの音が割って入る。


「なんだ」


雅義が扉の外に言葉を投げると。


「よろしいでしょうか」


聞こえてきたのは山科さんの声。


「どうした?入れ」

「…失礼致します」


扉を開けて俺と雅義に目礼をし、入ってきた山科さんの顔に浮かんでいた複雑な表情に、


「どうした?なんかあったか?」


俺からも聞いてやると。


「それが…」


珍しく歯切れの悪いもの言いで言葉を濁す。


「うちのヒヨコが迷惑かけたかー?」

「!」

「何かあったんですか、補佐?」

「…いや、龍哉さんのお付きのヒヨコさんにゃ、何の落ち度もないんだが…」

「…案内しろ、山科」


俺が立ち上がる前に、雅義が立つ。

その後ろに篁が従う。


「…あんまり、あの主従にゃマサの事は知られたくないんだがな、面倒臭いから。…でも、まあ仕方ない。…『成り行き』ならな」


その後ろをゆく格好になった俺の独り言のような呟きなど、誰の耳にも入っていなかったろう。





「おい、何とか言えよ、この野郎」

「馬鹿にしてんのかぁ?」


俺達が山科の案内で控え部屋のまえまで来ると。

部屋の中で、壁際に立たされ、男達に囲まれたマサの姿が目に入ってきた。


「あいつら、何っ…」


すぐ部屋に入ろうとする篁と雅義を俺は片手で止める。


「あらあら。…若い姉ちゃん達の壁ドンすら、まだ未経験だってのに、モテモテだねぇ?うちのヒヨコは?」

「申し訳ございません、はじめは上の者を周りに付けてたんですが、交代があってちょっと目を離した隙に今年入った若い奴が物も知らねえで突っかかりまして。すぐ止めようと部屋に入りかけたんですが…」

「入るなって手で合図してきたろ?」

「…ええ」


マサならばそうするだろう。

経緯は分からないが因縁をつけられたのが自分でも組にでも。己から勝手に手を出せば俺に、強いては神龍に恥をかかせる事になる。

若い癖にそうしたわきまえがきちんと出来ている男だ。


俺は一つ息を吸うと、前に出てマサの視界に入るように身体を進め、目が合ったマサに対して頷いて見せる。


途端。


「…っ!」

「…うぁ…っ!」


マサがスッと身体を進めて自分を囲んでいた二人の男達の間に滑るように入り、手首をねじりあげるようにしながら、いとも簡単にひっくり返し、二人の男の胴を両肘を使って抑え込む。

この間、十数秒。

意識する前に床に倒された男達からはぐうの音も出ない。


「マサ」

「若っ、…た、龍哉さん」

「もう、若でいいぞ。その辺にしといてやれや、十分だ」

「はいっ」


俺が言うとマサはすぐに押さえを解いて俺の側に来る。


「…マサ、常磐の若頭だ。挨拶しな」


そう言うと、マサは技を解き、動けぬ者たちをそのままに、その場で直立不動して九十度の礼をする。


菱谷ひしや匡人まさとと申します。若輩で至りませんが、若の身の回りのお世話や、少しずつですが警護もさせて頂いております。以後お見知りおき頂けますよう、よろしくお願いいたします」

「…こちらこそ、よろしく」


かなり緊張はしているが、きっちりとした過不足無い挨拶。

曇りのない眼できちんとこいつを見ていれば、なぜ俺がこいつを連れて歩くのかがわかる筈なんだが。


「少し、待っていてくれるかな。もう話はあらかた終わったし、別室で龍哉共々もてなしたいんだが、その前にちょっと、ね。龍哉もいいか?」

「…どうぞ?」


すると。

雅義はつかつかと控え部屋の中に入り、まだ床にひっくり返ったままの二人の組員の肩を物も言わずに蹴りつける。

そして。


「客人の連れに何してんだ、お前らはぁ?俺の顔を潰す気かっ?」


胸ぐらをつかみあげて引き起こし、顎に叩き込まれる拳。

ヤバい。

俺は横に立つ篁に耳打ちする。


「…おい、篁、止めろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る