手に持った盆の上にはコーヒー二つとミルクの入った紅茶が一つ。
「キリマンジャロの、ブラック濃いめでしたよね」
彼はローテーブルの俺の前にコーヒーを一つ置き、雅義の前に紅茶、自分の前に一つ置く。
「ああ、お前はマンデリンのブラックだろ?相変わらず」
「はい」
「雅義はミルクティーだな。変わらずに。銘柄は…この香りからするとルフナかな?」
「…ご明察です。色々お飲み頂いて、結局これに落ち着きました」
「?」
突然始まった飲み物談義にきょとんとしている雅義を置き去りに俺達は会話を続ける。
「龍哉さんの益々のご慧眼と博識振り、頭が下がります。それに俺の好みもまだご記憶にあったんですね」
「焙煎コーヒーのブラック党は貴重だからね。コーヒーの会話が出来る相手の好みは忘れないさ」
「それは光栄です」
「あ、あのさ」
「ん?」
「なんかわかんない単語…」
「ああ、ルフナ?紅茶の銘柄だよ、お前が今飲もうとしてる」
「へ?」
「スリランカの一番低地で栽培されてる茶葉で、渋味や苦味が少なく、香ばしい薫りで甘味が強い。砂糖なしでもはちみつや黒糖のようなじんわりとしたまろやかな甘味がある。これでミルクティーを作ると落ち着いた優しい味わいのミルクティーになるの」
俺は続ける。
「女が九割の【職場】を幾つも抱えてる身じゃな、詳しくならざるを得ないんだよ」
まあ、それだけじゃあ勿論無いが。
「甘やかしてんなあ、篁」
雅義に視線を流しながら、目の前の男を揶揄する。
「今一つ己の幸せに気づいていない王子様が相手じゃ、甘やかし甲斐はないだろうがな」
「いいんですよ。別に」
気づいて貰う事なんか望んでいない。
男の瞳は告げている。
「龍哉たちの言ってる事、殆どわかんない…」
「いいんだよ」
「いいんですよ」
ほぼ同時に俺達は雅義に答える。
「…氷見についてはちょっと興味があるだけだ。理由は言わない。言っておくが手は出すなよ。あれに関してはこっちが先だ」
コーヒーに口をつけ、焙煎の丁度良さと心地よい酸味に眼を細めながら、雅義に言う。
「狡い。それじゃなくても俺あの店連れてって貰えなくて爪弾きされてんのに」
「してねぇよ。文親さんがあの店に来たのは完全に予想外。ビックリしたよ、急に途中参加なんて。なにを考えてんだか。だが本人には言えないだろ?」
そんな恐ろしい事、出来る訳がない。
「あそこへ行ったのも、俺の理由だし。料亭での事に無関係じゃないけど、俺がケリをつけるべき事が別にあったから行ったんだ。お前はちゃんとやるべき事はしてくれたろ?」
これが【言いたい事】のまあ、一つ。
感情的な波立ちは、きちんと説明、納得させる。
…ワンコの調教の初手だ。
「常磐の
「…龍哉」
「寂しがりやの王子様ってのも…たまには困るが、キャラ的には成立だろ?…まあ、これはあくまでも同級生としての目一杯譲歩した意見じゃあるが」
と、肩を竦めてやる。
「…さすがは龍哉さんですね、うちの若の扱いをわかっていらっしゃる」
「龍哉がデレた♪(σ≧▽≦)σ♪」
「篁…お前の日頃の苦労、察して余りあるがな」
「それはいいんですよ、もう慣れてますし」
「お前…今度、黒橋と腰を据えて呑んでみろ?全く同じ意見が聞けるぞ」
「…嬉しくありませんが」
黒橋と篁。
面識は勿論あるが、この二人、今まで接点が不思議な程無い。余り篁は表には出ないし、警護諸般は山科が出る。他組との付き合いもまたしかり。
でも、篁と黒橋は気が合いそうな気がして仕方がない。
「やーだよ」
「雅義?」
「山科だけでもうるさいのに、悠希までこれ以上うるさくなったら息できないじゃない」
「若」
「愚痴ぐらい吐かせてやれば?」
気が合えば合ったでヤブ蛇確実、積極的に会わせたくないのは同じなのに。俺は軽くちゃかすように雅義に言う。
「うちの淳騎は俺以外には親切で優しいのになぁ?」
「…淳騎?」
雅義と篁双方が、『誰、それ?』という顔をする。
「黒橋の下の名前」
「はあ?」
「まあ、滅多に呼ばないんだが、此処んとこちょっと色々起きたせいで文親さんに知られちゃったから、お前らにも一応教えとくわ、同級生スペシャル特典で」
「!」
「でもこれ一応うちの幹部以上のトップシークレットだから山科さんには内緒な?」
まあ、あの人は知ってるかも知れないけどさ。
「ただお前の【悠希】呼びと一緒で、親父達周辺以外は俺の独占だから、その呼び方。妬くなよ?雅義」
「……っ。恐ろしくて妬けるかよ…」
雅義は本当にブルッと肩を震わせる。
その怖じ気が冷めないうちに俺は畳み掛ける。
表面上は軽く聞こえるように気をつけながら。
ずっと胸の中にあった
「…調べて欲しい事がある。耳を貸せ」
すると二人の雰囲気も即座に変わる。
「……………。急がなくていいから確実に頼む」
「分かった。数日貰えるか。どうせやるなら完璧にしたい」
「構わない。篁にも手数をかけるが」
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