篁の言葉に、俺の顔にも笑みが浮かぶ。
「そうしてくれるか。そりゃ有難い」
だが、マサは慌てたように首を振る。
「あの、俺、教えて頂ければ自分で…」
「案内してくれるっていうんだから、案内して貰え?」
俺はマサの肩をポンポンと叩いて宥める。
「でも…」
「いいから、な?」
再度、言うと。
「…はい、分かりました。篁さん、よろしくお願いします」
なにかを察したらしいマサはそれ以上抵抗せず、素直に助手席から篁に姿勢を正して一礼する。
「…こちらこそ」
篁の視線がもう一度マサに当てられる。
これは珍しい事だ。
雅義以外の事にはほぼ無反応な篁の関心を欠片ほどにしろ引けるとは。
俺とマサが車から降りると、山科さんが裏玄関の入り口から俺の方へ歩いてきて一礼する。
「いらっしゃい、龍哉さん」
「山科さん、急ですみません」
「何を言われるんだか。構いませんよ。それに今日は坊んのご友人として来られたんですから」
「そうでしたね」
答えて、俺達は歩みを進める。
マサは篁に導かれて控え部屋へ、俺は雅義の居室へと。
そして廊下を曲がり、マサの姿が見えなくなった所で不意に、山科に聞かれる。
「龍哉さん、少し雰囲気が変わられましたか?」
「……」
最後に会ったのは襲撃の時だから、そう日は経っていないけれど。
一目で見抜くその『眼』は。さすが、という他はない。
「そうかな?」
「ええ」
「…怖いな、山科さんは」
「…ご冗談を」
あくまでもにこやかに交わす言葉の中に笑みの欠片も無いことはお互い承知の上だ。
「雅義は?」
「お待ちですよ。あんまりそわそわなさるんで、側仕えが冷や冷やして」
「そりゃ、悪かった」
「…随分、可愛いヒヨコさんもお連れで」
「急だったからねー。黒橋呼ぶのも間に合わなかった(笑)。苛めないでやってね?あれでもウチじゃ割合と出来るヒヨコだから」
「…承知してますよ。若には言ってませんがね。清瀧の若との逢瀬にも最近常にお供とあれば、ただのヒヨコじゃないのは側近一部に認知されてます」
山科の言葉に俺は大袈裟に肩をすくめてみせる。
「…ほら、怖いじゃない。よその組のデート事情丸わかりだもん。どこにクモの糸とやらが有るのか知らないけどさ。まあ、雅義の耳に余計な事を入れてないのは嬉しいけど。…だって篁はマサの事は知らないみたいだから。二人の情報集めとは別ルートでしょ?恐ろしい(笑)」
「………」
長い廊下を歩きながら、剣呑な会話は続く。
「雅義の“影”。篁も、変わったなあ?山科さん?」
「…そうですか?」
双方、とぼける振りが上手いのは年の功か。
「まあ、いいや」
いつの間にか廊下の突き当たりまで来ている。
ふっ、と肩を竦めてみせて、俺は雅義の部屋へと上がる階段に足をかけ、後ろの山科に軽く釘をさす。
「じゃ、いってくるわ。…うちのヒヨコちゃんよろしくな♪可愛がり過ぎはご法度よん(笑)」
「…御意」
低い山科の声に微かな動揺があったのには気がつかない振りをする事にする。
「…さて、と」
面倒臭い事に取りかかるか。
「…【泥棒】ねぇ」
「誰が見るともわかんない店のホームページに寄せられる中傷メールの一つだって流し捨てるにゃ、わざとらし過ぎるだろ」
「…っていうか、自己顕示欲の固まり?みてみて、ぼくフランス語わかるの使えるの、偉いでしょ?!って…馬鹿か」
ノートPCのタッチキーに指を滑らせながら、画面を見つめたままの雅義の眼は鋭くなったまま戻らない。
「おいおい」
「……腹立つ」
雅義の瞳に宿る、珍しくも
「多分、もう一人いる中条の側近だな、やったのは。 …
そう言って雅義は意味ありげに小指を振ってみせる。
「中条の“
「ああ」
「情報速いな」
「英五さん英五さんって町中でしなだれかかって何処の馬鹿っプルかって写真もあるぜ?」
そんなもんを一時間程度で手に入れるところが恐るべし、だ。
「龍哉と先輩が会ったっていう氷見って奴についての悪評は殆ど無いが、こっちはボロボロ出るわ出るわ」
「…ちょっと待て?じゃあ、実質、氷見ちゃんてば一人で阪口の屋台骨支えてる格好ってわけか?」
「…氷見ちゃん?」
「考え無しで
「龍哉」
「ふぅん…」
「…龍哉ちゃ~ん?」
「なんだよ、その気味の悪い猫なで声?」
「氷見だけ、なんでちゃん付け?」
「あ…、なんとなく?」
「嘘」
「会ってみたら、ちょっとね」
「ちょっと、なんだよ?」
「内緒」
俺は雅義に優しくない。全てをさらけ出さない。
同級生の時もそうだったし、今の立場でも基本的には変わらない。
「…龍哉さん、うちの若に余り意地悪はしないで下さい」
「篁ぁ~」
いつの間にか開いたドアの入口に篁が立っていた。
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