篁の視線が動いて、マサを捉える。

冷徹で無感情な、色の薄い瞳。

彼が只者でないことは分かるのだろう。マサの肩が少し怯えたように揺れる。


「おいおい、うちの若い者を怯えさせないでくれよ?マサ、こいつはたかむら、常磐の身内だ。今からお前はこのお兄さんの車で俺と一緒に常磐ときわ組に向かう」

「へ?」

「篁です。マサくんで、いいのかな。神龍の車はうちの者が運転しますので安心して」

「…はあ…」


マサは余りの事態に固まりきっている。

それを見て、ふっと篁が目線の力を緩める。


「余り、怯えてやるな?このお兄さんは人見知りでね、初対面で笑って貰えたやつなんか皆無だ」

「は…はあ…」


俺のフォローも聞こえてるんだかいないんだか。


「…そろそろ、運転や送迎だけじゃなく、色々覚えてみるのもいい時期だ」


俺は篁に笑いかけたまま、マサに言う。


「今の所、お前のボディーガードの腕を見せて貰うほど俺の身辺は騒がしくないが、一寸先はなんとやら、だ。これから行く所はまあ、そんな意味じゃ楽しいだろうよ。なあ、篁」


篁はそんな俺を見て、人の悪い笑みを浮かべる。彼にしては珍しい表情だ。


「…龍哉さん、うちの者は顔は怖いが優しいですよ?ましてや龍哉さんのお付きに無礼な事をする奴なんざ皆無でしょうよ。…大丈夫だよ、マサくん」

「…は、はい。頑張りますっ!」

「おやおや(笑)」

「…頑張り過ぎんでいいから適当にしとけ。…行くか」

「はい、こちらへ。裏口から出ます」

「…わかった」


俺はマサを促し歩き出しながら、先導する篁の後ろ姿をみる。

…昔はもう少し心の透ける男だった。

だが、五年の月日が彼を何処かしら変えたのだろう。


篁は、雅義の父である常磐の組長が、自分の子飼いの舎弟の息子の中から抜擢して雅義に付けた私的な側近、影のような存在だ。

その関係は彼らが五歳からだというから、長いものだ。俺と雅義が知り合った時にも、当然、篁は雅義の側にいた。

じろり、と俺を値踏みしたあの日の、少年というには鋭い瞳。どの口でお前がそれを言うかと歳上の恋人には苦笑されるだろうが。



そして、十数分後。


「篁」

「はい」

「マサが控え部屋に行ったら、お前も雅義の部屋に来い」

「…はい」


当然の事ながら平常、乗る筈もない後部座席(護衛のマサは運転以外で同乗しても助手席、つまり何かあったら弾除けになれる席しか乗らない)で異常緊張して固まるマサのために、わざとかけられた喧しいラジオがかかる中、俺は運転中の篁に小声で言う。


分かりました、と篁は頷く。


「しかしまあ、凄い新人ですねぇ」


前を向いたままの篁の喉から忍んだような笑いが漏れる。


「…だろ?」


バックミラーの中の篁と目が合い、お互いに浮かぶ苦笑。いつの間にかマサは俺の肩にもたれて寝ていた。

異常緊張の中、ヒューズが飛んだらしい。

しかし起こす事はしない。

肩口ですうすう寝息をたてているものを無下に起こすのは可哀想だ。


「…変わりましたね、龍哉さん。と、いうか益々底が知れなくなった」

「そうか~?お互い様じゃねぇか?それは」


お互い、年をとり、抱えた『荷物』も責任も重さを増していく。どうそれに対処するかは自分次第。

見せない、悟らせない。そのポリシーが、喰えない奴だと周囲に胡散臭がられても知ったことか。


「良いんじゃね?二人とも喰えない性格同士だからどう間違っても【共食い】の可能性ないし」


言うと。

篁は露骨に嫌な顔をする。


「おっ、顔色変わった(笑)」

「…色んな意味で嫌です、今の発言」

「そう?」

「ええ。…うちの若に聞かれたら、変な意味にとって面倒臭く騒ぎそうですし、俺には“神龍の若”にも“桐生龍哉”にも、刃向かう気概や度胸は在りませんよ。あなたの恐ろしさは知ってますからね」

「人聞き悪い。それじゃまるで俺が悪いヒトみたいじゃん」

「まるで【悪いヒト】では無いような口振りですね。…相変わらず無自覚を装うのがお好きなようで」

「言うねぇ」


同世代のげんなりした顔を見て楽しくなるのは、やっぱり俺が無自覚なSとやら、だからだろうか?


「もうすぐ着きますよ」

「おう」


数分後。


静かに篁の車は常磐雅義の別邸の裏手に回り、専用の駐車場へと滑り込む。

俺はマサの肩をそっと揺すって起こす。


「おい、着いたぞ、起きろ、マサ」

「…ふぇ?」


閉じていた眼がパチリと開き。

瞬間、マサはキョトンとしたが、自分の状況と状態をすぐに理解したらしい。


「ひゃっ!」


小さな叫びと共に条件反射で立ち上がりかけるのを肩に置いていた手で抑える。


「馬鹿、天井に頭ぶつけるぞ」

「す、す、すいません…っ!」


ストン、と腰を落とし、俺の腕に両手ですがる形になったマサは真っ赤になって下を向く。

…なんだ、この可愛い生き物は。


「…凄いものを見た気がします」


ボソリと運転席から篁が呟く。


「…すみません…」

「いや、大丈夫」


マサの恐縮とは裏腹に、バックミラーにうつる篁の顔には笑みが浮かんでいる。


「龍哉さん、控え部屋には俺がマサくんを案内します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る