雅義クンよ、用事は無いのか?

一応は常磐のバカ頭、いや、若頭の癖に。


「はーい♪」

「…雅義、お前なぁ、そんな大型ワンコみたいな声を側近に聞かれたら、とか思わないのか?常磐の跡継ぎの癖に」

「思わない。全く思わない。相手が龍哉の場合は絶対」

「気持ち悪い事を言うな。背中にたった鳥肌がカラアゲになる」

「…やだ、罵倒の仕方が独特で癖になるわぁ。なあに、外出先?外からラブラブコールなんて、冷たいこと言っても実は龍哉、俺の事を…」

「そこで黙らないと存在ごとブラックホールの彼方に消すぞ」

「今日も安定の絶対零度のサド加減。癖になりそう」


いつもにまして軽い雅義の態度。

でも、こいつは知っている。

俺はめったに自分から雅義に電話はしない。

それも“外”からなど。


「どーしたぁ?」

「お前、もう知ってるよな?」

「何を?」

「ちょっと前に俺が何したか」

「ん~…まあ、ねぇ?龍哉くんの陽動作戦と、紫藤先輩のダブルタッグで阪口組が今、ちょっとした大騒ぎって話?」

「知ってやがんな、地獄耳・・・…」


そう言えば、こいつの組は情報に特化してたな、と思い出す。情報屋、というかネタ元の“本職”を多く抱えて各所にばらまいているというのは、高校時代からの長い付き合いで知っている。

世話になった事も数回あるから。


「えへ♪」

「褒めてない。一ミリも褒めてない」

「…それで、どーしたの?」

「ちょっと言いたい事と、調べて欲しい事がある。…突然だが…、今から常磐別邸へ行っていいか?」

「へ?」


もの凄く不本意ながら俺は渋々と雅義に可否を聞く。

聞く前から分かるリアクションと返事に内心うんざりしながら。すまん、雅義。


だが。返ってきた雅義の応えは。


「それは…【どっち】で来るの?」

「!」


一瞬、俺は息を呑む。


「同級生、桐生龍哉で来るのか、『神龍組若頭、桐生龍哉』として来るのか、どっち?」


軽いけれど鋭い、雅義の返答。


「事前連絡も何も無しで本能的にかけてきたんだろ?黒橋さんは知らないよな?」


聞かれて。


「…お前のそういうさとすぎる所が嫌いだよ、雅義。基本は馬鹿のクセに」


言えば。

スマホの向こうから聞こえてくる、少し笑みを含んだ声。


「俺は好きだよ、意地悪な癖に必要な時には頼ってくれる龍哉が」


嬉しそうな少し甘い、雅義の声。でも、騙されるか。


「うるせぇぞ、マゾ」

「はいはい♪今、どこにいるの?」


俺はレストランの名前と場所を雅義に教える。

そしてさっきの雅義の問いに答える。


「…同級生の、桐生龍哉で行く。今日は」


また聞こえる、含み笑い。


「じゃあ、お付きごと迎えに行くよ」

「ああ。…任せる」

「三十分で行かせるわ」

「頼む」


スマホをきると自然に漏れるため息。

ため息つくぐらいで逃げる幸せなら幾らでも逃げていいから、ため息吐きまくりたいくらいの憂鬱さ。

今からならなくてはならない『同級生の桐生龍哉』としては、そんな気分だ。

極道の自分はまた違う心持ちだが、それを深く考えるのは後回しだ。

とりあえず、気持ちを切り換える。


スマホを持ち直して、マサに持たせているスマホの短縮ダイヤルをタップする。


「はい、龍哉さん」

「終わったから、部屋に来てくれ」

「わかりました」


さて。マサをびっくりさせ過ぎないように説明しなきゃなあ。何しろ、これからマサは普段とは段違いの“ストレス”に晒されるんだから。

俺と二人で常磐に『ご訪問』なんて、本来、俺付きにならずにただの下っ端でいれば知らなくてもいい、軽い恐怖体験だ。


「ご免な、マサ」








三十分後。

迎えにきたのは山科さんではなかった。


ドアに触れるか触れないかの軽いノックに、


「どうぞ」


と答えると一礼して入ってくる見覚えある顔。


「…よお、たかむら


驚いたが、当然、表情かおには出さない。


「お久しぶりです…神龍の若」


男の名前はたかむら悠希はるき

もう一人の『同級生』。


「久しぶり、だな」

「…五年になりますか」

「そんなになるか。…ったく。…会わなくてもいい奴にはさんざんモーションかけられて、会ってもいいかと思う奴にはめったに会えないってのはどういうもんかね?」

「龍哉さん、相変わらずですね(笑)。…本当は別の人間がくる予定だったんですが代わって貰ったんですよ。龍哉さんが常磐にいらっしゃると聞いて」


訥々と答える篁の印象は、高校時代とさほどには変わらない。一八○を越える長身(一八一かな?)を黒スーツに包んで、耳もとで短めに揃えられた髪は清涼な印象を残す。


「別に、それは雅義だけの話じゃ無いぜ?雅義は良いほうだ。きちんとウザいからきちんと対処が取れる。…世の中にはさ、自分が何処を飛んでいるのか分からねぇまま、人の頭の廻りを飛び回る羽虫みたいな連中がうろうろしてるからなぁ」

「………」


篁の表情が少し沈んだものになる。

自分の組の若頭…いや、彼にとってはそれ以上の存在の雅義が先日何をされたのかを俺の言葉で思い出したのだろう。

まあ、俺もされたんだけどね。


「そろそろ頃合いか? …マサ」

「はいっ」


俺は部屋の隅にかしこまっていたマサを指先で呼ぶ。

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