今から思えばよく言えた、小生意気な台詞。


無愛想はそのままで返った俺の答えに。

今度こそ目の前の年上の少年は声を出して笑いだし。


「面白い」


いつの間にか、彼の瞳にあった氷は解けて、暖かな眼差しに変わっていた。当時の俺はそれに気づけようもなかったけれど。


「これからよろしく、一年七組出席番号十五番、桐生龍哉くん?」

「…はい、紫藤…先輩」


目の前に差し出された手を、動揺を見せずに握り返したあの日から。

全ては始まったのだ───。




「とても十五歳、一つ下の高校一年生には見えない落ち着いた、そして…昏い眼をしてたよ。龍哉は」

「…そうですか」

「言わなかったけどね」


どこか遠い眼をして言葉を紡ぐ現在の文親は。

ベッドで体を伸ばす俺の隣に身を横たえたまま、気だるげに自分の髪の毛を指で悪戯し始めている。


「文親さん、髪が傷むよ」

「別に良い」

「俺が嫌だ。大事ないちゃいちゃアイテムなんだから、文親さんの髪は」

「……くちゃくちゃにしてやる」


全く。

九年前の事なんかさりげなく持ち出して俺をドキリとさせておいて素知らぬふりか。

きっと、俺の心の底までおおかた見透かしているんだろう。


あの時は余裕なんかなかった。

今までのぬるい世界を脱ぎ捨てるだけで精一杯で、しかもそれを人に悟られるのは真っ平ご免で。

まさか、新しい桐生の『家族』以外にそれに気づく奴がいたなんて予想すらせず。



「だーめ。大事にして?」


俺は文親の俺よりはだいぶ華奢な指先から髪の毛をゆっくりと外して遠ざける。


「あ…」

「ね、俺がそんな眼をしてたっていうならさ、もう一度、今度はゆっくり慰めてよ。そしたらきっと、忘れられる。文親さん以外の事なんて」


隣の文親の顔を上から覗き込んで、わざと意地悪い表情を作って笑ってやる。

文親がこれ以上心配しないように。

彼が蕩けてしまう、彼の好きな俺の表情を。


「!」

「…昔の事なんか言って、綺麗なあんたの事、出会いから思いださせたりするから、なんかまた元気になってきちゃったしね」


そして遠ざけた彼の髪の毛の一筋を指に軽く巻いて引いてやる。


「……お前は、本当に…負けず嫌いで、性悪だな…っ」

「性悪なのは…お互い様」


紅くなった彼の頬に軽く触れて、唇に柔らかく口づける。

そっと俺の首筋に伸ばされる指。


「仕方ないな、今度こそ俺だけに、集中しろよ、馬鹿オオカミ?」

「…了解」

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