言い捨てて、俺はソファーから文親と共に立ち上がる。
何かを問いたげに追いすがる健人の視線を薄く冷笑で切り捨てて。
振り返りもせずに扉の外に出る。
「龍哉…」
「ごめん、情けない所をみせちゃった」
横の文親の顔が、見れない。
切り捨てて、達観したはずの過去。
決めて迷いなど無いはずの自分。
…でも蓋を開けてみれば、パンドラの箱に押し込めたはずの感情はぼろぼろと心に零れて。
止めようもなく弟に向かった。
文親は俺の事をどう思っただろうか?
「いいよ。みっともないだなんて、俺は思わない。俺は九年間、お前と『居る』んだから。…情けないお前の姿なんて、今更だろ?…龍哉」
そっと後ろから俺の首筋に触れて撫でてくる、文親の指先。俺を宥める時によくやるその仕草に、心を掴まれて振り返れば。優しい眼差しが俺の言葉を封じ込める。
すると。
そこに黒橋が絶妙のタイミングで姿を現す。
「…黒橋~、いいところで」
「すみませんね、なんとなくそんな雰囲気は察したんですが、こちらも終了したので。裏口から帰りましょう。恐らくは、ウチの若い者も、篠崎さんも外で首を長くして待ってるでしょうから」
「うん」
「そうだね、帰ろう、龍哉、黒橋さん」
「はい」
薄暗い廊下を裏口へと三人で歩いていると。
後ろから、ヒールの音。
振り返ると。
麻乃が立っている。
私服に着替えて、心なしか戸惑ったような表情で。
それを見てピンとくる。
「黒橋、…『仕事』早いな。俺達があの部屋に居たのって七、八分だと思うけど」
「…お褒めに預り恐縮です。ただ、先の事は分かりませんが、『今は』虎の威を借りる、子猫の耳元に“優しく”囁くのに、数十秒もかかりません。鼠の犯した不始末は生態系の
「…あの…私で、いいんでしょうか?」
「それはもちろん。ねぇ、龍哉さん?」
「うん。麻乃ちゃん、技術もあるし、度胸もあるしな。唯、捨ててもらうものもあるし、これから勉強して貰う事もあるから、その覚悟さえ、あれば」
席に戻って、黒橋は。
小野原の分の『負債』、きっちり返せと迫ったのだろう。組の『それ』や健人の巻き込みの件は、また別だ。
取り敢えず、金ではない『負債』の最初の分は万分の一でも“誠意”で示せ、と。
俺の知る黒橋淳騎なら、そうする。
だから。
この店の看板、麻乃に堂々と引き抜きをかける権利をもぎ取った。
「捨てる、…もの…?」
「この店の顧客、色んな繋がり。後、この店で覚えてしまった癖とか諸々。…麻乃ちゃんに移って貰いたい店はジャンルが違うから」
「…?」
「赤坂にある、【coda di gatto(コーダ・ディ・ガット)】ってクラブ、知ってるかな?」
「!」
「知ってるみたいだね」
「知ってるも何も無いです。…会員制の超高級クラブですよね」
「…龍哉、読めたよ。早奈英さんの所か」
「ご明察。…俺が思いついてた事は淳騎も思いついてたみたいだな。すぐ追い込みかけるのはエグいけど」
「私がそうする事などお見通しでしたでしょうに。…清瀧の若、ウチの龍哉さんの根性悪にお困りになったらすぐにご連絡下さい?」
「わかった♪ 」
なんで俺の周りの人間は俺の悪口で楽しそうに団結するのか。つくづく、雅義がいなくて良かった。
俺は口調が拗ねそうになるのを我慢しながら、
「ノリツッコミすんのは後にしろよ。麻乃ちゃん、目、丸くしてるぜ?」
「…そうですね。麻乃さん、貴女には【coda di gatto】に移って貰います。勿論、細かい退店手続き、諸々の準備もこちらがしますのでご心配は要りません。住居もこちらが準備しますので、引っ越しをお願いします。…申し訳ありませんがこちらは決定事項ですので、貴女に決めて貰うのは、【覚悟】だけです」
「…覚悟?」
「ここではなく、あの店でトップを取るために自分を磨く、覚悟ですかね」
「……」
「お返事は?」
「…よろしくお願いいたします」
やっぱり、肝の座った女だ。
薄暗い廊下で黒橋の酷薄とも取れる表情、半強制的なもの言いに晒されながら、諾(イエス)の返事が出せるのは凄いかもしれない。
「…それでは、ご紹介します。オーナーの桐生龍哉様です」
「!」
ここでするな、紹介を。
だが、俺の側近は話をなるべくコンパクトに一度にまとめてしまいたいタイプなのだ。
「細かい事は契約書を交わしたときにママにでも説明してもらいます」
そう言って、俺と文親、麻乃を促して裏口を出る。
半歩も行かぬ内に、それぞれの護衛が俺達を取り囲む。
あ、篠崎さん、あからさまにほっとした顔してる。
多分、文親の事だから、思い立ったらすぐ行動、篠崎さんはよっぽどじゃなきゃ「若の仰せのままに」って人だから。それにしても。文親側の護衛の
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