そしてもう一度氷見に向き直る。
「俺の名前を出したら、内容も聞かずに食いついてきたんだろ?」
「…っ!!」
「やっぱりな。『兄さんに、いや、神龍組の【桐生龍哉】に会えるなら、…なんでもする』って」
「……そう、聞いています」
「あいつもあんたらを利用したんだよ。やくざ嫌いだと言いながら、あいつは俺に執着してるから。ま、その辺はこっちの事情だ」
「……」
否応なしに巻き込まれたのなら、ないはずの罪悪感も湧く可能性はあったが、それはやはり可能性のまま、終わったようだ。
「ちょっと、あのボーイを別室に呼んでくれるか?話すことがある」
「分かりました」
「…龍哉、俺も同席する。いいか?」
「うん…お願いします」
「…氷見ちゃんには淳騎から話があるって。大丈夫、そう大して悪い話でもないと思うから」
顔色を無くした氷見をそこにおいて俺達は席を立ち、別のボーイの先導で、別室に向かった。
扉を開けると。私服に着替えた健人が部屋の中のソファーに座りもせず、所在無げに立っていた。
俺と文親が部屋に入ると、何も言わずにきつい視線を投げてくる。
「相変わらずだな、健人」
「そっちもな。いい服着て、これ見よがしに高い酒頼んで。店の人間威嚇して。ヤクザそのものじゃないか」
「そりゃ、そうだろう。俺は極道だ。それにこれ、普段着なんだけどね。まあ、ノンブランドじゃ無いけど」
いちいち答えてやる俺も意地が悪い。
「まあ、座れよ。いつまでも突っ立って居られると俺らが座れない」
他人の店のソファーにどっかり腰を下ろして、健人に座るように指示する俺の声は我ながらぶっきらぼうだ。
「ここのオーナーには今日でお前をクビにしてくれるように頼んだ」
「なっ…!」
「お前の目的も奴等の目的も、一応は達成されたんだから当たり前だろう?」
「!」
「桐生の家に面と向かって訪ねてくる勇気は無いくせに、他の組の甘言には簡単に乗るわけか」
吐き捨てるように自分の口から出る言葉に優しさの欠片も無いことは自覚済みだ。
「ホイホイ尻馬に乗ってついていった挙げ句。監禁されて薬漬けにされたり、ぼこぼこに殴られて殺されたり…という事は考えない所が素人の浅はかさだな。たまたま今回は相手の目的が余り過激な方へ向かわなかったから、お前は今、五体満足でそこに座ってられるんだ」
健人の顔は真っ青になっている。
「…なんでお前が俺に会いたかったかなんて聞く気は無い。俺がここに来たのはお前を助けてやる…為でもない。ここのバックにいる奴等と因縁があって、組のメンツがかかっているからだよ」
「…龍哉はねぇ、命を狙われたんだよ。この店のバックにいる組にね」
「!」
「極道にとってはな、命も大事だが替えが効かないのはメンツだ。命は狙われるわ、堅気の弟引きずり込まれるわ…。【挨拶】しに来るのは当然だ」
「そんな…俺は…そんなつもりじゃ…」
「お前の【つもり】なんか関係ない。
それがお前にとっては相見互いの契約の【つもり】でも、極道にとってはそれは通じねえんだよ」
俺は低い声で言葉を続ける。
「お前は俺を呼び寄せるための単なる
冷酷な兄。冷血漢。
普段の健人の周りにいる人間達が聞いたら、口を揃えてそう罵るだろう。
だが、そんな事、知ったことじゃない。
「兄さんは変わったっ!!」
「…あ?」
「俺の知ってる兄さんは、こんな事…言わないっ!ヤクザなんかになるからっ…、あんな家に行ったから…っ」
『弟』の口からは、次々とどこかで聞いたような、典型的な非難の言葉が零れる。
「あんな家?…母さんの実家だぞ?」
「そんな事、俺は絶対認めないっ」
「事実は事実だ。今の俺の父親と母親はお前の伯父さん伯母さんで、会長はお前の爺さんだ」
「嫌だっ!!」
「……嫌だ、絶対認めない、…か。まるで駄々っ子だな。…お前は九年前と何も変わってない。そう言えば俺の事、嫌いだったんじゃなかったか? “二度と戻ってくるな、俺達を捨てたお前なんか兄さんじゃない”、だっけ? そんな、嫌いで認めたくない兄貴がどこでどう変わろうと、お前には関係ないじゃないか?だいたい、[変わった]とお前に指摘され、詰られるほど俺達はお互いを知っていたか?そんなに仲が良かったか?健人?」
「…っ!…」
「お前の妄想に今は口は出さない、これ以上。
……だけどな、俺の【居場所】を悪く言うのは許さない。俺が選んで行った場所だ。お前にとっては、【あんな家】でも、俺にとっては大事な居場所だ。…母さんにとって、父さんやお前達のいる所が大事なようにな。そういう意味では、あの人と俺はよく似てる」
「…? …どういう意味だよ…?」
「…わからないなら、いい」
より住みやすい場所を見つけ、巣を変えるカワセミのように、俺とあの人は独りで己の住む居場所を見つけ出したのだ。
それを健人に説明しても、きっと、分からない。
誰からも愛され、暖かな陽だまりの中でくるまれるように育ったこの青年に、光が強くなればなるほど濃くなる影の中で、光を希求しながら与えられる事のなかった者の気持ちなど推し量りようも無いだろう。
「もう、二度と、関わるな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます