静かに耳に入る黒橋の声。
「なんだよ、淳騎」
「あまり、清瀧の若の前で、他の男を嬉しそうに苛めると、後で泣きをみるのは龍哉さんじゃないかと思うんですが」
ちぇっ。
憂さ晴らしもできやしねぇ、ってか。
「ですから代わって差し上げます。氷見さん、若はこんな事ばっかり言ってますが、本当は怖い方ですよ」
「おい…」
「ま、こちらが正面きってここへ来た時点で薄々はお分かりでしょうが。自分で泥を引っかけてきたくせに、接触一つまともに出来ずにこそこそ動いて素人さんを引きずり込むとは、新興勢力が聞いて呆れる。先走った実働部隊を一人、リンチして殺した位で二つの組の若頭の
黒橋はにっこりと氷見に笑いかける。その顔は笑ってるけど、眼はブリザードのように冷たい。
「淳騎~。氷見ちゃん腰抜けちゃうよ~。一応この店のオーナーなんだから、柔らか目にな~」
「ちっ!」
ちっ!って、黒橋…。
ったく仕方ねえなあ。
「本家の
俺はセルフでグラスにルイ十三世を注ぐ。
ロックじゃなくて
「龍哉、ストレートは胃に悪いよ」
「えー?胃悪くしたら、看病してくれる~?」
「…ったく。ふざけてないで続けなさい」
はーい、先輩。
「そりゃ俺と常盤は二十代そこそこの若造だし、常盤は甘やかされ放題、俺に至っては生え抜きの極道じゃなくて堅気からの貰いっ子だ。世間様の“噂”とやらはそうだろう。…だけどな、俺の後ろには」
と俺は黒橋を顎で示す。
「こいつみたいな、俺の為なら自分の命要らねぇような奴も、命張るような奴も大勢いるんだよ。長年、組をやってきた爺さんや親父の名前に泥を塗るような真似はさせねぇくらいの気概は俺みたいな若造にだってあるしな。…てめえらが『誰に』、『どんな』喧嘩を売ったのか思い知るのはこれからだ」
「年若なのは俺も同じなんだけどね、龍哉とは一つ違いだから。でも、僕でなく二人を狙ったところが、こ狡くて嫌い」
凄く嫌そうに文親が横から援護射撃の台詞を追加してくれる。…でも、天下に名を
ま、俺は別の意味で手、出してるけど(←やべっ、心の声聞かれたら消されるな)。
「…取り敢えずはもう帰ろうかな。言いたいことは言ったし。旨い酒も飲んだし」
「……」
「黒橋、きっちり勘定は払えよ?明朗会計に遺恨無し、だからな?」
「はい、龍哉さん」
「あ、黒橋さん、俺のセカンドバッグ持ってってそこから払って、俺の分も」
「…はい、清瀧の若」
黒橋は立ってゆく。一般人のひしめくクラブ内では『事』は起きないと見切っているから。
会計は合わせて大体四、五百といったところか。
ま、営業時間内に来て札束でハッタリ効かすにゃ、妥当な金額か。文親さんに感謝だな。まあ、飛び入りにびっくりはしたけど後で払おう。今は文親さんの顔を立てておいて。
「…またケチくさいこと考えてんな?」
エスパーか、文親さん。
「あ、そうだ。ウチの補佐の怖いのが席に戻ってくる前にちょっとしたお願い」
「なんでしょう」
「こうして顔会わしたんだから、用無しのボーイはクビにして?あの子、接客には向かないよ。睨むし、態度悪いし。大体あいつ、大のやくざ嫌いなんだよね。まあ、原因は俺だけど」
「石田健人の事ですか」
「ああ。俺はね、氷見ちゃん、黒橋はあー言ったけど、交渉に身内引きずり込む自体は無いことじゃねえし、俺が下にやらせないか、やらせたことが無いかと聞かれたら耳が痛ぇ。ただやられりゃ、気分のいいもんじゃねえなあ」
「…クビにすれば、いいんですか。それでそのあとは一切没交渉にすれば?」
「話が早い。出来る?」
「…。…ですが」
「勿論、こっちからもあいつには言い聞かせるさ。そっちだけを悪者にする気はもとから無い」
「…神龍の若?」
今まで俺らの話に流されるように苦い顔をしながら、事態を受容するべきかという諦念を顔に浮かべていた男が、俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。
「上にはどうとでも言えるだろ?あんたの切れる頭なら」
「なんなら、清瀧の名前を出してもいいよ?後輩の堅気さんの弟に先輩が手、差し伸べるのは美しい話だろ?」
「文親さん」
「そのほうが頭の硬い連中にはスマートに伝わる」
「…ありがと」
逆らわないほうが良いから、俺は文親さんにお礼を言う。
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