文親を基準に置いているから、だいぶ俺の審美眼は世間の標準からはズレているんだろうが、やっぱりこの男、かなりの美形だ。


「まあ、座れば?」

「…失礼します」


奥に向かって席をずれてやると、複雑そうな表情で言葉少なに横に座る。


「…まさか、神龍の若頭と補佐が正面切っていらっしゃるとは」

「俺はからめ手は嫌いでね。裏でこそこそするのは俺のしょうに合わないんだよ」

「…っ」


すると横から黒橋が静かに口を挟む。



「若、物言いが直接ですよ。

きちんとした対応をなさって頂かないと神龍の躾がなっていないとわらわれます。…しかしまあ、相手がきちんとしていないのであれば話は別ですが」


おいおい。物言いだけが静かでも、嫌味バリバリ、嫌悪感オーラ出しまくりじゃあ、意味ねぇよ。

でも、こんな黒橋珍しいから止めやしないけど(笑)。


「……何の事だか、わかりませんが」

「…そうですか、それならそれで別に結構ですが。氷見さん、もうお一人、ご挨拶を忘れてらっしゃるのではありませんか?」

「あ!それ、俺も思った」

「私達への挨拶など別に後でも構いませんが」


すると氷見は文親を改めて伏し目がちに観察するようにして。


「…この方は…まさか」


出した声が、少し震えている。


へぇ。

知ってんのか。さっき、俺と連係プレーで文親が畳み掛けた時、いぶかしげな顔でじっと見てたからそうかなとは思ったけど。


「清瀧組の若頭、紫藤文親さんですよ」

「…っ!」

「最も、このお方は滅多に下品な俗世をうろついたりなさいませんから、畑違いの新興勢力の方々が知らなくても無理は有りませんが?」

「黒橋さん、別に僕は良いから、苛めちゃ駄目だよ?」


うわ…、『僕』だって。

文親の普段の自称は『俺』で、絶対に『僕』なんて使わない。…もしかしたら、結構ヤバいかも。

黒橋なら抑えになるとは思うけど。


「…どうして、清瀧のお坊ちゃんまで…」


まあ、当然の疑問だよな。俺と黒橋が来たのはまあ、納得をつけようとすればどうにかつけられるけど。

“事情”を知らなきゃ、清瀧の若が首を突っ込んでくる理由が分かろう筈もない。

しかし、この質問、恐らく、メチャメチャ、地雷だよね。


「どうして?…理由を説明して欲しい?」


ほーら。

文親の表情がスッと消えて。口角だけ上げた酷薄な冷笑が代わりに浮かぶ。やばいな…。


「ダーメダーメ、文親さん。今日は俺が氷見ちゃんと話したくて来たんだからね?」


俺はゆっくりと、続こうとした会話に割って入る。


「ちょっと我慢して?」

「…氷見ちゃん…?」

「龍哉」


突然のちゃん呼びに呆然とする氷見と、明らかに不満そうな文親。


「しっかし、黒髪、長髪率高いな、この座席。野郎ばっかになったのに、下手に美形ばっかだからハーレムみてぇ」


空気や事態が重くなると軽口を叩きたくなるのはいつからの習い性か。少なくとも、実家の時にはなかった。


「…龍哉さん……。やめなさい」

「えー、なんで、淳騎。嫌だ」


抵抗してみると、黒橋は自分の額を押さえて大きくため息をつく。


「黒橋さん、淳騎って言うんだね…?」

「…龍哉さん。…今、ここで“淳騎“呼びをしますか。清瀧の若の前で。貴方は私を殺す気ですか?」

「それは…困る」

「清瀧の若、龍哉さんの言うことを気にかける必要は全くありませんから。飼い主が時々犬を愛称やちゃん付けで呼ぶようなものです」

「…ふぅん。じゃあ、龍哉の事は『空気読めよ、このバカ!』とか、『やり過ぎなんですよ、貴方は全く』とか呼べばいいわけだ。俺達は。だって、お互いに飼い慣らしてる“同志”みたいなものでしょ?この場合は文句じゃなく、あくまでも愛称としてね」

「(笑)。…清瀧の若、それはさすがに私の口からは…。お許しを得られるなら激しく同意させていただきますが」

「許す許す(笑)」


忘れてた。この二人はドSだ。

しかも、俺限定の。


「二人とも…酷いよ?」

「あ?」

「…いいです」


反論するのは諦めて、俺は真横に座って半ば茫然としている男に意識を戻し。話しかける。


「ごめんね、初めてだとびっくりするだろうけど、俺っていつもこんな感じよ?周りにゃヘラヘラし過ぎだろって言われるけど」

「…」

「まあ、さすがにたまとられかけちゃ、俺にも体面たいめんってのが一応あるからねぇ。お互いに一度、つらは見せとかないと?と思って来たんだ。小野原とやらは冥土に行っちまって会えないからなぁ」

「…何の事をおっしゃっているのか…もう、小野原とは絶縁しましたし…過去に勝手にアレが起こした事まで引きずられても」

「中条英五さんとやらも罪な男だよなー。こんなべっぴんさんに幼稚園児でもつかねぇような嘘つかせやがる」

「…神龍の若」

「“プレゼント”はきちんと届いたか? 俺んとこで仕込みして、常磐で仕上げした、特別仕様の“プレゼント”」


だんだんと声を変えて、俺は氷見の耳にささやいてやる。


「ションベンちびる位には手をかけて仕上げたつもりだがな」


男の顔がだんだんと蒼白になっていくのが、結構面白い。だが。いいところで、邪魔が入る。


「龍哉さん」

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