苦笑いしているようなスマホの向こうの文親の声に我に返る。


「…ごめん」

「電話の一本や二本で妬かないの。雅義といて無事だったんだから、一応は礼をしないと」

「…恋人として?」

「さぁ…?『薔薇』としてかな?…ウツボカズラくん?」


結局は言わざるを得なかった雅義の発言。


「…文親さん」

「面白い子だね、あの子は」

「…浮気はダメだよ(泣)」


出した声が若頭として情けないモノだったとしても容赦して貰いたい。この点に関してだけは恋する只の男だ。

が、文親の声はつれない。


「するか。するとしたらせいぜい鈍くて仕方ないどこぞのウツボカズラの悪口大会、って名目の長電話くらいだよ」

「…意地悪。…雅義の狂喜乱舞する姿が目に見える…。」

「いいだろ?龍哉。俺が『意地悪』するのはお前だけなんだから?それとも優しく優しくしてやろうか?」


どんな顔をして言ってるのかが分かる。

目の前にいたら確実に抱き締めるあでやかな微笑み。


「結構です…。確実にチビるから」

「人聞き悪い」


でも、何かちょっとテンション上がった。

やっぱり文親に報告して良かった。

一つだけ、濁した点が心痛かったが。




翌日の午前九時半。

耳元でしつこく鳴る着メロ『スター○ォーズ、ダース○ーダーのテーマ』に起こされてノロノロとスマホを耳に当てると。


「電話来たっ」


と興奮しきった雅義の声が響いてきた。


「おはよ…お前朝からテンションMAXだな。俺、今起きたわ」

「…ごめん。ついつい。だってさ、紫藤先輩からの生電話なんて、ゲームで激レアガチャ引き当てるより貴重だからっ」

「おい、文親さんの電話がいくら貴重でもお前の日常のオタクさ加減と絡めて話すな、図々しい」

「ええっ、龍哉ちゃん、厳しいっ」

「お前、それ以上オネェで話すと昨日登録し直してやったばっかのTEL番着拒してメアド消すぞ」

「すみませーん、やめまーす。っていうか、龍哉、なんで着メロ、ダース○ーダーのテーマな訳?」

「悪いか、好きなの。このまま五時間くらいスピルバーグ語りするか?」

「いやぁ、遠慮しとくけど、お前だってオタクじゃん」

「自分はいいんだよ」

「ひでぇ(笑)。でもさ、マジで紫藤先輩の電話は感動したわ。八時から一時間も話しちゃった」

「てめえ、何話した…」

「うーん、世間話?…ごめん、龍哉。守秘義務♪」


スマホの向こうから聞こえてくる、ウキウキした雅義の声。スマホのこっちで肩を落としてる俺の疎外感なんか分かりきってる癖に。


「そうそう。龍哉、阪口組の何か新しい事分かった?」


女を尋問した後、一報だけは雅義に入れておいたのだ。


「んー、文親さんとの電話のあと、一応黒橋から報告聞いた」


ここ数年ほどで勢力を伸ばしてきた新しい組。


「知らねーな~と思って、黒橋に詳しく聞いたら『系列』違いだったよ」


まあ、近年はやってることの境目があやふやにはなってきているが、極道には、大きく分けて二系列ある。

もともと賭場などの開催をし、縄張りを仕切って収入源としてきた『博徒系』、祭などでの商業行為を仕切り収入源としてきた『的屋系』。

文親や俺、雅義の組が属するのは博徒系だ。

的屋系と博徒系とでは盃事(固めの盃等の儀式諸々)の差違、組織や呼称の相違があるが、やっていることが非合法で有ることだけは一致している。


「ちょっと待って。阪口組の後ろにいるのは鬼頭組かもって先輩言ってたけど。それって的屋系のバックに博徒が付いてるって事?」

「…恐らくは。鬼頭は“上”が総入れ替えになったらしいからな」


組長を次いだのは三十代後半の息子で、組の方針のてこ入れ(改善なんだか改悪なんだか)にも熱心らしい。

それがなんで今日の襲撃に至るのかはまあ、冷静になってみると、わからなくも無いんだが。


「俺の予想外れてりゃ良いんだがなあ」

「…そうだねぇ。でも多分、一ミリもずれずにまとに命中!だろうけどね」


自分の威勢を示したい新興勢力と、組への威厳を現したい新組長。

目上の旧勢力にうかつに手を出して火傷したくないと周りを見渡して。手を出せそうな標的を探した。


「まあね。じい様おじ様連中の中でピッチピッチした俺達若者連中は目立つからねぇ。…だけどさすがに旧勢力の筆頭に近い清瀧組(文親)には手は出せないから…」

「俺達?まあ…。舐められたもんだなあ」


スマホの向こうの雅義の声が、いつもの軽さを残しながら、低くなる。


「…卵焼き食ってる途中の小鳥ちゃん来襲はちょっとムカついたな」

「…って、食欲かっ!」

「んー、でもさ。まあ面倒臭いけど、気心知れた奴と美味いもん食ってる時邪魔されんの、……俺、超嫌い」


俺が出した声は雅義よりも低いもので。


「…龍哉ぁ」

「気味悪い声出すな」


冷たく言ってやるけれど。

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