俺への執着さえなきゃ、割とまともな奴なんだが。自分の組の人間にはまぁ、そこそこ慕われてるらしいし。


「なあ、いい加減、諦めろ?俺じゃ無くてもお前なら、男でも女でも選び放題だろ?」


こいつの顔は無駄に整ってる。

高校のバレンタインは文親さん程じゃないがこいつだってチョコを段ボールでもらってたクチだ。


「ヤダ…」

「親同士が仲良くても、俺はお前に期待させるつもりはない。…はっきり言って良いなら言うが?」

「え?」

「お前、悪ぶってる癖に坊っちゃんでうぶだし、惚れてる好きだ言う割には身体の関係どうのこうのの話になると真っ赤になって、そういう事は付き合ってから自然に、とかはぐらかしやがるから突き詰めないでやったけど」


俺はおもむろに目の前の手酌で注いだ盃をグイっと干し。雅義の眼を覗き込むように座卓の上に身を乗り出す。


「龍哉、顔、近い」

「なあ、雅義?お前、タチ(男役)だろ?」


俺の言葉に雅義がギョッとする。


「なっ?」


雅義が真っ赤になる。口がぱくぱくしてる。

こういうところはスレて無いんだよな。純粋培養だから。


「俺もタチなんだよ。…ま、文親さんもあれでかなりSだから、逆も有りかって思うけど。それにしたって、あの人限定だよ。俺はお前に突っ込まれたくない。それに、突っ込みたくもない。お前がネコ(女役)だったとしてもな。お前が【知ってる】女の数は知らねえけど、オトコは俺が初めてになるんだろ?面倒くせえよ、ハジメテさんは。特にお前なんか」

「龍哉っ」

「…まあ、お前が簡単に諦めないのは分かってるよ。長年言い寄られてれば、な。ただ、組の協力関係が潤滑にいってるせいで期待させるのは、後々お前に酷だ。そのほうが余程酷い」

「…」

「…おままごとみたいな恋愛は俺には無理だし、する気も無い。もっと早く言ってやりゃ良かったが。同級生にあんまりえげつねぇ話もしたくなくて、な」


また黒橋に、大人げないって怒られるな。

だって、黒橋ぃ、こいつ物わかり悪いんだもん。


「…友達なら良いの?」

「義理セーフ」

「友達から先は?」

「アウト」


雅義はガックリと肩を落とす。

分かってる筈なのにいちいち落ち込むこいつは友人としてなら、面白いから可なんだがなあ。


「失礼致します」


その時、襖の向こうから不意に女性の声がして、二人ともはっとする。


「お料理お持ち致しました」

「あ、はい」


俺が答えると、襖が開き、二名ほどの仲居が料理の皿をのせた盆を手に入ってくる。


「お料理、こちらでございます」

「お、旨そう」

「料理長特製の御膳でございます」


雅義の恋愛感覚は全く理解できないが、こいつは隠れグルメで食に関することは信用できる。


「本当だ。美味しそう。…龍哉、やけ食いは付き合ってくれんだろ?」

「馬鹿、こんな旨そうなもんをやけ食いすんな、…普通に食え」

「分かった」


俺も大概甘いが。

料理と先ほど頼んでおいた追加の酒が卓に並べられて、


「それでは何かありましたら、部屋据え付けの内線電話でまたお願い致します」


仲居が腰を上げようとした時、入り口の閉められた襖の向こうから、細い女の声がした。


「水菓子(デザートの果物の事)をお持ち致しました」


何の変哲もない、普通の声だった。

が、二人来た仲居のうち、明らかに仲居頭と思われる仲居の眼に不審の色が明らかに浮かぶのを俺は見逃さなかった。

タイミングが早すぎる。

やはり『分かって』腰を浮かそうとする雅義を押さえて座り直し、仲居頭に目で合図して、もう一人の若い仲居は邪魔にならないよう俺の後ろにつけてから、仲居頭に声を出して良いと許可する。


「入りなさい」


次の瞬間。

派手な音を立てて襖があき、仲居の格好をした若い女が飛び込んでくる。

手に握られているのは小振りな果物ナイフ。


俺と雅義の身体が瞬時に動いた。俺は仲居を守り、女は雅義の手で畳に押さえつけ奴のネクタイで後ろ手に拘束し、これまた雅義のハンカチで猿ぐつわを噛ませる。


「あーあ。結構高いんだけどなあ、そのハンカチ。まあ、時代劇の忍者さんじゃあるまいし、自害とかしないとは思うけど、念の為、ね」


うなる女を立ったまま、軽く見下ろして。口元に笑みを浮かべる雅義と、酒を片手に料理を摘まむ俺は、襲撃者の女からみればとんでもない奴等だろう。


「仲居さん達、ごめんね。怖い想いさせて」

「とんでもございません!」


仲居の二人が声を揃える。

元々の社員教育はきっちりされているようだ。

と、いうことは。


でもとりあえずは仲居を下がらせてあげないと。


「後でちゃんと対応するんで下がっていいよ。大丈夫。もうここ使わないとか絶対無いから。って言うか、今料理メチャメチャ食ってる人、絶対近いうちにまた来るから、二人連れで」


雅義の声が悔しそうなのは気のせいじゃないだろうが無視する。


「はい、ごめん下さいませ」


仲居が下がると。


雅義の表情がガラリと変わる。

能面のように表情は無いくせに口元だけ笑う。

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