すぐに耳に響いてくる、聞き慣れた、甘やかで涼しい声。
「ああ、今、ホテルの前だ」
「そう。じゃ、フロントに電話しておく。いつものスイートだから。直接、エレベーターで上がって」
「…了解」
俺が週二回ほど使うその場所は、名前を聞けば誰もが知る超高級ホテルの別館。
都心から少しだけ離れるが森に囲まれた重厚感のあるそのホテルを気に入って、最近はもっぱらここに通っている。
勿論、一人じゃ、ない。
入口を入り、勝手知ったるものでフロントに目もやらず、専用エレベーターで最上階まで上がる。
この階にはスイート二室しかない。
俺は左側の部屋のドアノブに手をかけてマサと部屋へ入る。
「じゃあな」
「はい」
告げて俺は奥の部屋へ向かう。
この部屋は入口を入った前室がリビングで、奥にもう一つの部屋がある。
ガードを連れて入るには良い構造だ。
そして。
もう一つの部屋に待つのは。
「龍哉」
甘いテノールが俺の耳に心地よく響く。
「随分、待った?文親さん?」
抱き締めながら聞く。
「それほど。…痛いよ、龍哉、ぎゅうぎゅう締めすぎ」
微笑みながらダメ出しをしてくるこの男に、俺はどうしようもないほど惚れている。
一つ年上の俺の恋人。
高校の先輩。心とカラダの関係込みで、かれこれ八年以上になる。長い付き合いだ。
「…ん…っ」
身体を一度離してから抱き締めなおし、俺は文親に口づける。お互いに唇を開いて舌を絡ませ、長く続くいつものキスだ。
ちゅっ、という濡れた音は麻薬のように耳に忍び込んで脳を蕩けさせる。
「…っ…」
しばらく続けていると息が苦しくなったのか、そっと文親が絡んでいた舌を解く。
少し息を乱しながらうつむくその額に掛かる長い黒髪。その、見慣れていてもハッとするほどの美貌。
本人にいうと嫌がるけれど。
昔、高校時代の悪友が文親の事をこう言った事がある。
『黙っていれば十キロ四方焼き尽くすくらいの美形』だと。
もちろん、きっちり焼きを入れたが。
あながち間違いでもない。
高校時代、生徒会長だった文親の誕生日、バレンタイン、クリスマスといったイベント毎に段ボール箱単位で届く有象無象の“愛情”とやらが詰まった貢ぎ物は女からとは限らず、周辺の男子校からも届く有り様。
もっとも、それが文親本人の手に渡ることは一度もなかった。
それは、副生徒会長だった俺と、俺の意を
もっと現実的な理由が一つ。
実はこの男。
虫も殺さぬ、どころか神の
それも俺のように半端な時期からこの世界に入ったのではなく、生を受けたその時から任侠の水を被って育った由緒正しき(笑)生まれだ。
これが、俺の腕の中で身を
ゆくゆくは清瀧組を率いる跡継ぎ。
だから。
どこの誰とも知らぬ奴等からのプレゼントなど、彼の眼に触れぬ前に配下の者が調べて、『処理』するのは当然。
その良し悪しは関係なく。
そして俺にしても、大事な“先輩”に手出しなんかさせるわけもない。
なんたって文親は俺がようやく見つけた、『宝物』だから。
「篠崎さんは?」
文親の髪を耳の後ろへかけてやりながら、俺はわざとキスを続けずにそのまま彼の髪を軽く指先に絡めるようにして、撫でる。篠崎さんは文親の側近だ。
「篠崎なら、このフロアのどこかにいるよ。…それより、龍哉、あんまり、髪を撫でない…っで…。判ってる癖に」
「なに言ってんの、文親さん?判ってるから撫でてんの」
肩先を越す長い黒髪は文親の感じる部分の一つだ。
「っ…、この性悪…」
文親は判っていて続ける俺を瞼を上げて軽く睨み、指先を伸ばして俺の額を軽く叩く。
「っ痛って…!止めろ、文親、馬鹿になる!」
「…っ、呼び捨てすんなっ、…安心しろ、高校時代からお前は安定の馬鹿だ」
「
「頭の優劣云々じゃないんだよ、お前の馬鹿は」
そう言って。俺の首の後ろを掴んで文親は俺の顔を自分の手前に引き寄せる。
「『俺』馬鹿だ」
「…違いねぇな」
「ん…っ」
寝室に移動して。
「はっ…んんっ…」
文親はキスを解かないまま、俺の着ているジャケット、シャツを指先で器用に脱がす。
俺は文親をベッドに倒しながら唇を離し、喉で笑う。
「いつも脱がしてくれるよな?文親兄ちゃんは優しいな」
「…っ。殴るぞ、龍哉」
気丈に睨み返してくる恋人の唇をもう一度深く奪って。
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