色に出にけり我が恋は

塩澤悠

1

思えば、容姿で得をしたことなど一度も、ない。


俺を取り上げてくれた産院の医者が最初に母親に言った言葉は、


『ずいぶん、しっかりした、男の子さんですよ?』


だったというし。

幼稚園の新任の先生は俺が何もしないのに、俺が同じ級の園児を突き飛ばしたと母を呼び出し。


『私をじっと下から見上げるあの強い瞳。私、何にも注意できなくなるんです』


そう母親に愚痴を言った。


いつも怒ってるみたい。たつやちゃんはこわい顔~。


そう言われて、砂場に立ち尽くし、言った子供が逃げようとして勝手に転んだだけなのに。


業務中の園のエプロンにいつも携帯を隠して、暇を盗んで彼氏にメールしてるような頭の緩い、女。大人の話よと園庭に出されたところで、教室の入り口に見つからぬよう戻って、聞き耳立てるくらいは子供でもできるのに。



母親似の少しきつい顔。

しっかりした太い眉と真一文字に引き結ぶと人を威圧すると言われる唇。別に俺が望んだわけじゃないのに。




小、中、と進むに連れて、俺の容姿は望まない方向に俺を巻き込んだ。


格好良いけどきつめで怖そう。

いつも目つき悪くて、人をにらんでる。

成績良いけど、陰で教師脅してんだよ、きっと。


俺を置き去りにして広まる、噂。



顔がきつめなのは母親譲りなんだよ。

悪かったな、三白眼で。

成績良いのは、成績さえ良きゃこっちに文句言えない、教師どもへの自衛だよ。

そう言ってやりたかったけど。


俺の周りに集まって来る、気は良いけれど、いかつい奴等は噂を後押しして。

中二になる頃にはすっかり、自分をあきらめていた。


母さんの事だって嫌いじゃない。

幼稚園の件も、その後も、周りが騒いでも母さんは慌てず騒がず泰然自若、トラブルが起きても、きちんと話せば俺を責めないし叱らなかった。あの人にはわかっていたのだ。自分の事も俺の事も。だから余計な事は言わなかった。

大人になった今ならわかる。だけど、当時の俺は不満を募らせていた。どうして俺の心の内側まで入り親身になって慰めてはくれないのかと。

天地神明に誓うが、俺は本当は喧嘩が嫌いで、甘いものが好きで子猫が好きな普通の少年だった。

そう思っていた。少なくとも、あの春までは。


でも現在いまは。




「てめえら、若のお出かけだ、きちんとお送りしねぇか!」

「へぇ、すいやせんっ!」


玄関先、年長の構成員の指示で並んだ男たちに視線をやり。


「黒橋、示しがつかねぇのは分かるが、私用で出かける時まで並ばせなくてもいい」


俺は朝からイタリアンスーツを着こなし、背後から歩みよってきた長髪の男にうんざりした声を投げる。男は若頭補佐で、黒橋と言う名だ。


「若、並ばせた筒井の身にもなりなさい。せめてお出かけの時くらいは…」

「黒~橋、だから、私用なんだよ?付いてくんのはマサだけでいい。…マサ、支度できたか?…行くぞ」

「へぇ、若、…っじゃなかった、はいっ、龍哉さん!」


自分より年上の側近に軽く牽制を咬ませるくらいには、俺の度胸も座ってしまった。



俺。

桐生きりゅう龍哉たつや

神龍組若頭、二十四歳。

つくづく思う。

環境って恐ろしい。

そして“血は水よりも濃い”ってやつは真実だと。




「龍哉さん、いつもの、あそこですか?」

「…ああ」

「分かりました!」


一見何の変哲もない小型車の後部座席。

元気よく確認してくる男に気だるげに俺は答える。

極道だって、いつもいつも黒塗りのBMWに乗ってる訳じゃない。あんなのは組の看板背負ってる時だけで充分。

俺がプライベートで使う車は、組の人間から泣きが入り窓やドアは防弾仕様だけど、見た目じゃ分からない国産車だ。


「マサ、…お前、ちゃんと食ってるか?元気な声出してるが、昨日も高橋にオカズ食われてたろ」

「若…見て下さってたんですか?」

「お前、まだ十代なんだから飯はきちんと食え?ほら、俺を待ってる間、ルームサービスでもとれ」


いつものように俺は前の座席に万札を落としてやる。

みるみる間に眼が潤む感激屋のマサをバックミラー越しに確認しながらスルーして。


「言っとくが遠慮するなよ?俺は不要な遠慮は大嫌いだからな」

「はいっ」


マサは十九歳で若いわりに目端が効き、機転も効く事から非公式に側に付けている男だ。

去年からはプライベートで出かける時の運転手もさせている。

細っこいが、合気道の有段者で動きも悪くない。


「でも、良いんですか?俺、スーツなんて去年まで着たこともなくて」


『私用』で出かける時、俺はマサにもスーツを着せている。


「いいんだよ。マサ、今から行く『場所』はカタギさんも出入りするからよ、ヤクザでございます、な格好は不味いんだよ」

「はい。…あ。もう少しで着きますよ」

「分かった。マサ、ちょっと電話かけるから聞くな」


するとすぐにマサは、


「はい、龍哉さん、“耳”ふさいどきます」


その答えに満足して、俺はスーツのポケットからスマホを取り出し、ある番号にかける。と。


「はい、龍哉、もう来れる?」

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