第68話

本当に好きな人の体温を知る事がこんなに幸せだとは今まで気づきもしなかった。


そして、こんなに泣きたくなるほど胸が痛くなる事も知らなかった。


今度は若月君を離したらアタシはきっと後悔する。


あの時よりももっと……。


「あ、マズイ。」


「え……、」


「ここさくら先輩の部屋だ。」


若月君はアタシから少し距離を置くと片手で抱き起した。



「……ごめん。」


そう言った彼にアタシは無言で首を振る。


謝られるのは……何だか嫌だった。


アタシは乱れた服のボタンを留める。そんな姿を彼に見られるのが恥ずかしいのか緊張してうまく留める事が出来ないでいると、



「此処で綺を襲ってしまうトコだった。」


若月君はアタシに代わってボタンを留めていく。



「夢中になり過ぎた。これ以上綺には嫌われたくないから。」


彼はそう言って薄く笑った。


そしてアタシを優しく抱きしめる。


その行為がまたアタシを切なくさせる。


アタシは若月君の存在を確かめるように彼の背中に廻した手に力を込めた。

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