第38話 割れたペンダント
布団から出たユーティアが床へ足を下ろすと、メイリアスはふいに首をかしげた。
「あら、ペンダントが……」
胸元に下がったそれを手に取ったユーティアは、はっとした。中心にはめられた赤い石に亀裂が入っていたのだ。
「……壊れてる」
二人は顔を見合わせてその原因を探し出そうとしたが、まったく何も思い浮かばない。
「とりあえず、着替えましょうか」
「うん、そうね」
いつもと同じ時刻に部屋へ来た二人は驚いた。
ユーティアの様子が何かおかしいと思ったら、いつもは洋服の中に隠してあるペンダントを外に出しており、しかもその中心が割れているではないか。
「おはよう、ユーティア。ってゆーか……」
ダリウスが言葉を濁し、ギュスターもまた複雑な気持ちになって言う。
「おはよう、ユーティア。その……ペンダントは、何があったんだ?」
ユーティアは曖昧に首をかしげて「おはようございます。これは、朝起きたら、壊れてて」と、答えた。
メイリアスはあきらめるように首を横に振り、部屋を出て行く。
「マジかよ。原因も分からないってのか?」
「はい」
「何だか嫌な感じがするな。とりあえず、ノーアに報告――」
と、ギュスターは言いかけて言葉を止めた。
「いや、それは後でメイリアスに頼もう。今はどっちも抜けるべきじゃないだろう」
「冷静な判断だな、ギュスター。まあ、今の時間だとあの人、執務室に着いたばっかだろうしな」
そして二人は椅子に腰を下ろし、割れたペンダントをながめた。
「どこかにぶつけたとか?」
「それはないな。普段どおり、寝巻きの下に隠していたんだろう?」
「うん、一応。でも、朝はいつも外に出ちゃうから、寝ている間に割れたんだと思うわ」
「床には当然、落ちないしな」
「あと考えられるのは、何かがペンダントにぶつかった、ってところか」
「ぶつかる物なんて、何にもないと思うんだけど……」
「案外、ベッドの柵にぶつけたのかもしれないぜ?」
「まさか。ユーティアはそこまで寝相悪くないぞ」
「……え、ええ」
「じゃあ、枕が硬かったとか」
「ないな」
「んー……悪夢を見ていて、知らないうちに握りつぶしていたとか」
「わ、わたし、そんなに力ないです! 悪夢だって見てません!」
「ふざけるなよ、ダリウス。か弱いユーティアに石を割れるはずないだろう」
「何だよ、結構真面目に考えてるのにー」
結局、何の進展もないまま朝食の時間になってしまった。もやもやした不安を抱えたまま、三人はひとまず朝食を食べ、それが過ぎると再び頭を悩ませた。
朝食の片付けから戻ってきたメイリアスに、すっかり考え飽きていたダリウスは言った。
「悪いけどメイリアス、ノーアを呼んで来てくれ。たぶん東棟の執務室か地下牢にいると思うから」
「ええ、分かったわ。ついでに紅茶の準備もしてくるわね」
そして彼女が部屋を出るていくと、誰ともなくついたため息が部屋に響く。
「だいたいにして、魔宝石が割れてるのなんて、初めて見たぜ」
「俺もだ。この状態で、それが効力を発揮できるのかどうかも、まったく分からない」
ユーティアは小さく息をつき、ペンダントを手に取る。
「本当に、どうしちゃったんだろ……」
不安はいつの間にか
「これは、何があったんですか?」
「それが分からないんです、ごめんなさい」
ノーアは目を丸くしてペンダントをながめた。ギュスターとダリウスはその様子をただ見ている。
「少し、お借りしてもよろしいですか?」
「はい」
ユーティアは首からペンダントを外し、ノーアへ手渡した。
「何故もっと早く報せなかったんですか? これはもう使い物になりませんよ。たぶん」
ギュスターとダリウスは謝罪をするよりも先に、珍しくノーアが曖昧な言葉を使ったのが気になった。
「たぶんって、どういうことですか?」
ノーアは赤い石をまじまじとながめながら、
「魔宝石については、基本程度しか勉強していないんです」
と、言った。
意外な返答に驚いたギュスターは口を開く。
「じゃあ、ノーアも俺たちと同じで、素人同然ってことですか?」
「ええ、はっきり言うとそうなりますね」
そしてノーアはペンダントをテーブルへ置いた。
「やはり駄目ですね、私だけでは判断がつきません」
その場にいた誰もが呆然としてしまった。ノーアほどの知識人であるなら、魔宝石についても詳しく知っているだろうと、根拠もないのに期待していたのだ。
「うわ、超オレ過信してた」
と、つぶやくダリウス。
ノーアは申し訳なさそうにしながら、この場にいない仲間を思う。
「シルフィネスを呼ぶしかないでしょう。来てくれるかどうかは、微妙なところですが」
一気に空気が重くなった。
おもむろに席を立ったユーティアが、棚から白紙と筆を取って戻ってくる。
「今すぐ手紙を書いて出せば、夕方には届きますよね?」
と、ノーアへそれらを差し出した。なんとなく自分が書くよりも、彼へ任せた方がいい気がしていたのだ。
ノーアはうなずき、紙と筆を受け取った。
「そうですね。やるだけやってみましょう」
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