第39話 おかえりなさい

 部屋に閉じこもるようになってから、一週間が経過していた。いまだに部屋から出てこない彼を見かねて、ミシュガーナは私室へやってきた。

「シルフィネス、いつまでそうしているつもりなの?」

 室内は以前より綺麗になっていたが、またいつ彼が散らかすか分からない。

「みんな頑張っているのよ。それなのにあなただけ、どうして逃げるの?」

 車椅子を前進させて彼へ近寄ると、シルフは自嘲するように苦い顔をしていた。

「ちゃんと分かっているなら、早く戻りなさいよ」

「……」

「別に、誰もあなたを責めるつもりはないのよ。ただ、あなたがいつまでもこもっているのが心配なの。分かるでしょう、シルフィネス」

 彼の涙は枯れていた。

「早く戻らないと、後で後悔するわよ」

 何を言っても無駄だった。ミシュガーナはそれでもその背に呼びかける。

「車椅子の動作点検。週に一度は、必ずやってくれるんじゃなかったの? あなたの力がないと、私は一人じゃ動けないのよ」

 ミシュガーナは車椅子を後退させ、方向転換する。

 彼の顔が見えないところへ移動すると、ふとミシュガーナの目に真新しい手紙が映った。机の上に置かれたそれは封を切られていなかった。

「……これ」

 シルフに反応がないのを確かめると、ミシュガーナはそれを手に取った。裏返してみると、その差出人がよく知る人物である事に気づく。

「ミスター・アデュートールからじゃない! 何で読まないのよ、シルフィネス?」

 ミシュガーナの脳裏に何かがちらついていた。慌てて封を切ると、ミシュガーナはすぐさま文面に目をやった。

「ユーティアのペンダントが壊れたって……誰もどうしたらいいのか分からず、困ってるって。シルフィネス、あなたが必要とされてるわ」

 シルフの背中がわずかに動いた。

 それでもこちらへ顔を向けようとしない彼が憎くて、ミシュガーナは思わず大きな声を出してしまう。

「聞いてるの、シルフィネス!? みんながあなたを待っているのよ!」

 魔宝石に精通する人物は彼しかいなかった。だからこそ、この手紙が届いたというのに、シルフに動きは見られない。

「この状況を救えるのはあなたしかいないわ、今が戻るチャンスよ。今あなたが動かなければ、あなたはこの先、ずっとこの部屋から出られない。誰もあなたを責めやしない、むしろあなたを待っている」

 しかし彼はまだそこに立ち尽くしていた。ミシュガーナは手紙を机の上へ戻すと、車椅子を扉に向けて前進させた。

「早くみんなの所へ戻りなさい。あなたが今すべきことは、それだけだわ」

 ふいに何かが床に落ちる音がして、ミシュガーナは動きを止めて振り返った。

 シルフが机の上を荒らして、工具の入った鞄を取り出していた。中身を確認してから戸棚へ向かい、数個の魔宝石を取り出して鞄へ入れる。そしてそれをベッドへ放ると、さっさと軍服に着替えた。

「行くぞ、ミシュガーナ」

 と、先ほどとは似ても似つかない様子でシルフは鞄を手に、ミシュガーナの横を通り過ぎる。

「え、私も行くの? ちょっと、シルフィネス!」

 ミシュガーナは慌てて彼を追いかけた。


 扉を開けるのはためらわれるだろうと思っていた。しかしシルフはそんなミシュガーナの不安にも関わらず、その扉をいつもと変わらない様子で開いた。

 誰もが自分たちの登場に驚いていた。ノーアが安心するように微笑み、ダリウスがうれしそうに目を丸くし、メイリアスは呆然とし、ギュスターがどこか生意気に口元をゆるめ、ユーティアが驚いた表情の後ににっこりと微笑む。

「おかえりなさい、シルフさん」

 ミシュガーナの見上げた彼は、すっきりした顔をしていた。

「長い間、無断で欠勤してしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 シルフが謝ると、ノーアは首を振った。

「いえ、いいんですよ。そんなことよりも魔宝石を」

 と、ペンダントを手渡す。

 シルフはひび割れた魔宝石を観察しながら歩みを進め、テーブルの上に鞄を置いた。空いた席へ腰を下ろし、ペンダントをテーブルへ置く。

「普通に身につけている分には壊れることはないと思っていたが、甘かったみたいだな」

 鞄から数種類の工具を取り出し、その一つで石を外す。

「この石は他の魔宝石に比べて傷つきやすいんだ。ちょっとした衝撃で割れてしまうことがある。だからこれはあまり実用性がないんだが、闇を払う力には一番長けているんだよな」

 持ってきた魔宝石をすべてテーブルに広げ、ペンダントにはまりそうな物を見極める。

 その場にいた誰もがシルフの手慣れた動きに見入っていた。

 きらりと光を反射する薄い赤色の石を手に取ると、シルフはそれをペンダントに合うよう工具で慎重に形を整えた。

「……よし、これくらいでいいだろう」

 軽くやすりをかけてから石をペンダントにはめ込むと、シルフは透明な石の破片を取り出した。それを赤い石とペンダントの接触部分に乗せ、自らの魔力で起こした火により接合させる。

「火で溶かし、その後冷やすと固まる性質がある。これは魔宝石じゃないけどな」

 と、シルフはまた自ら冷たい風を起こしてその石を固めた。

「これで終わりだ。もう安心していいぞ、ユーティア」

 そう言ってシルフは腰を上げると、ユーティアのそばへ寄って行った。その首にそっとペンダントをかけてやると、ユーティアは安心したように微笑んだ。

「ありがとうございます、シルフさん」

 シルフも優しく笑みを返し、その場を離れて片付けに取りかかる。

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