第31話 矛盾した台詞

 無意識に走って追いかけると、メイリアスはすでに階段を下り始めていた。

「メイリアス!」

 勇気を出して呼びかける。

 彼女が振り返り、ダリウスはすぐにその隣へ並んだ。

「何よ、いきなり」

 と、メイリアスは驚いた顔でたずねる。

 ダリウスはふいと顔をそらした。

「いや、その……特に用はないんだけど、追い出されちゃって」

 意味が分からないとメイリアスは思った。構わずに階段を下り始めれば、ダリウスもその後をついてくる。

 仲間たちにうながされてここまで来たはいいが、どうしたら良いのか分からない。素直に言いたいことを言えばいいのだろうが……ダリウスは深く息を吸った。

「……オレ、さ。ちょっと反省してるんだ。あの時、金で釣るような言い方しちゃって」

 メイリアスが驚いたように彼を見た。

「ぶっちゃけオレ、自分に自信ないからさ……あんなことしか言えなかったんだ」

「……」

「でも、オレは嘘つかないから。何があっても、絶対に」

 階段を下りきったメイリアスが足を止めた。数段上で立ち止まるダリウスに背を向けたまま言う。

「九号」

「え?」

 理解できず呆然とするダリウスに、彼女は言う。

「指輪のサイズよ。ちゃんと覚えなさいね」

 そしてメイリアスは彼に顔を向けることなく、足早に廊下を進んでいった。

「……指輪。あ、ああ! えっと、九号……だな。うん、よし」

 ようやくその意味を理解したダリウスは、人知れず喜んだ。


 連日、だんまりを続けるハティにすっかり辟易していた。

「これはやはり、まだ何かあると考えていいな」

 と、憂鬱そうにギュスターはつぶやく。

 ベンチに腰を下ろしたシルフも苛立った様子で返した。

「いっそのこと拷問にかけてやりたいよな」

 檻の中で退屈しているハティが非常に腹立たしかった。

「ああ、そうだな。ノーアに掛け合うか」

 と、ギュスターが壁へもたれる。

 シルフは億劫おっくうそうにしながらも腰を上げ、ギュスターへ言った。

「お前は休んでいろ、俺がかけ合ってくる」

「ああ、ありがとう」

 そしてシルフが扉を開けて出ていくと、奥の方で騒音がした。顔を上げたギュスターの耳にイズンの声がする。

「ミスター・ファールバード! そこにいるんだろう!?」

 どうやら自分が呼ばれているらしい。ギュスターは頭が痛くなるのを感じながら、そちらへ向かった。

「何だ?」

 小柄な彼女を見下ろすと、イズンはにやりと微笑んだ。

「あんた、何にも気づいてないんだね?」

 ギュスターは思わず眉をひそめる。人心を読める彼女とは、必要以上に会話しないよう言われていた。

「どういうことだ?」

「宿り主のことだよ。ミスター・オードは彼女に好意を抱いているわ」

 そう言いきったイズンに、ギュスターは驚いた表情を見せてしまう。

「嘘だと思うなら、直接本人に聞いてみな。彼は否定も肯定もしない、つまり好きだってこと」

 イズンはただこちらを見ていた。

 冷静な思考を取り戻そうとして、ギュスターは声を絞り出す。

「……魔宝石にしか興味のなさそうなあいつが、ユーティアに好意だと?」

 馬鹿馬鹿しいと口にする直前だった。

「馬鹿なのはあんたの方だよ。この事実から逃げようとしてる。信じたくなくてもこれは本当のことだ。そして彼は横恋慕したにもかかわらず、あんたがいなくなればいいと思ってる。まったく、ミスター・オードは自分勝手な人間だね」

 ――さあ、どうする? ミスター・ファールバード。

「……分かった、受け入れよう。だが俺は、お前の言ったことなど信じない」

 我ながら矛盾した台詞だと分かっていながら、ギュスターはそう言い捨てた。

 足早にその場から離れる。いつの間にか、頭痛がひどくなっていた。


「拷問、ですか。いいと思いますよ」

 と、ノーアはシルフへ言った。

 ダリウスが二人の会話に耳を傾けながら退屈そうにしている。ユーティアはそれまでながめていた窓の外から視線を外し、彼らの方を見た。

「ありがとうございます。では、方法はどうしますか? 火責めか、水か……鞭打ちという手も」

 シルフがそう言ったのを聞いて、ユーティアは思いがけず嫌な気分になる。

「そうですね、まずは肉体的に責めるべきだと思います。それでも吐かないのであれば――」

 心なし気落ちした様子のユーティアにダリウスが声をかけた。

「大丈夫だよ、殺しはしないから」

 それは知識として知っていた。だがそれが身近な場所で起こるのだと思うと、恐怖を覚えずにいられない。

「でも、拷問って痛いんでしょう?」

「んー、まあな。だけど現時点で、一番有力な情報を持っていそうなのがハティだし」

 それを聞いてユーティアは顔をうつむけた。シルフとノーアがその様子に気づき、はっと口を閉じる。

「……確かハティは、翼を広げたがっていましたね。あの忌々しい翼を縄で縛り上げましょう」

「はい、分かりました」

 優しいユーティアを気遣ってノーアがそう言い、シルフもそれを理解してうなずく。

「出来ればその後、両方の翼を火あぶりに」

 と、ノーアが小声で付け足すと、シルフは何も言わずに部屋を出て行った。

 ダリウスがユーティアのそばへ寄り、その肩に手を触れる。

「あんまり考えない方がいいぜ? ユーティアが拷問されるわけじゃないしさ」

 しかし彼女は顔を上げなかった。――きっと、間接的にでも誰かを傷つけてしまうのが嫌なのだろう。

「それが私たちの仕事です。時には残酷さも必要なのです。どうか、理解してください」

 と、ノーアが静かな声でそう言った。

 ユーティアはうなずいたが、背中にはまだむずがゆいような悪寒おかんが残っていた。

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