第29話 大事な友達

 怪我の治療を終えて戻ってきた四人がメイリアスに顔を向ける。ベッドに寝かされているユーティアを背に、メイリアスは表情をこわばらせた。

「あなたが密偵だったんですね」

 と、ノーアが第一声を発する。メイリアスは何も答えなかった。

「いつから密偵を? それと理由を教えてください」

 申し訳ない気持ちが胸を満たし、まぶたが徐々に熱くなる。

「二月ほど、前から……彼らが、情報を買ってやるって、言うから」

 静かな室内にメイリアスの涙声が響く。

「お金が、欲しかったんです。故郷にいる家族を、養うために。そして、借金を返すためでした。この城で侍女をしているのも、そのためで……だけど、三ヶ月前に母が病気に倒れて……どうしても、お金が必要だったんです。そんな時に彼らが、情報を買ってやるって、持ちかけてきて……」

 腕や腹に包帯を巻いたダリウスは何か考える様子で彼女を見つめていた。

「ごめんなさい……こんなことのために、みなさんを裏切って……あの子を危険な目に合わせて……本当に、ごめんなさい」

 泣いて詫びるメイリアスに、誰も声をかけられない。貴族である自分たちには、貧しい彼女の気持ちなど、とうてい理解できなかった。

 しかしただ一人、いつの間にか目を覚ましていたユーティアが優しい声で言った。

「それなら、仕方ないと思います。わたしもメイリアスと同じ立場なら、卑怯なこと、たくさんしちゃうと思うから」

 ギュスターはすぐにユーティアの元へかけ寄る。

「ユーティア、もう平気なのか?」

「うん、大丈夫。だからメイリアス、わたしはあなたを嫌いになんかならないし、憎みもしないわ。あなたにはあなたの事情があったんだもの、仕方ないことよ」

 メイリアスの背中が震えた。うつむいた頬からぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。

「あ、あたし、あんなひどいこと、したのに……どうして、ユーティア?」

 ゆっくりと上半身を起こすと、ユーティアの首にかかった赤い石が光を反射した。

「だってわたしたち、大事な友達だもの。裏切られたなんて思わないわ。ちゃんと、許しあわなくちゃ」

 優しすぎると、あまりにも温かすぎると思った。メイリアスはついに声を上げて泣き始め、ダリウスがそっとそばへ歩み寄る。

「ユーティアがそう言うのなら仕方ありませんね。内密に処理しましょう」

 と、ノーアは言った。

 覚悟を決めたダリウスはおもむろにしゃがみこみ、メイリアスと目線の高さを合わせた。

「なぁ、メイリアス」

「……な、何」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔でメイリアスは彼を見た。

 ダリウスはひとつ呼吸をしてからはっきりと告げる。

「そんなに金が必要ならさ、オレのところに……嫁に来ないか?」

「え……?」

 驚きのあまり涙が止まり、メイリアスはつぶやくように言う。

「何言ってるの、ダリウス……」

「言っておくけど、オレは本気だぞ。っていうか、その……気持ちは、本当に本当だから」

 と、視線をそらす。その頬が真っ赤に染まっていくのを間近で見て、メイリアスは状況をようやく飲みこんだ。

「な、何でこんな……こんな時に、そんなこと言うのよっ」

 と、顔を両手で覆って恥ずかしさに耐える。

 周りでは友人たちが様子を見守っており、会話もすべて聞かれている。自分の気持ちに正直になることは、メイリアスにとって難問だった。

「そ、それで返事は?」

 と、聞いて来たダリウスへメイリアスは小さな声で返した。

「か、考えておくわ……」


 密偵はいまだに判明していないということで内密に処理され、メイリアスは今までどおりに仕事を続けていた。

 ただし、メイリアスの心は以前と違う意味でそわそわと落ち着かずにいた。

「あ、あの、ミスター・ファールバード」

 と、仕事の合間にメイリアスは退屈していたギュスターへ声をかけた。

「何だ?」

 と、ギュスターが顔を向けると、メイリアスはやや声を潜めて問う。

「ダリウスって、どんな人ですか?」

「は?」

 ギュスターは呆れと驚きの混じったような顔をした。

「何を今さら、君の方があいつとは付き合い長いんじゃないか?」

「そ、それはそうなんですけど……その」

 と、メイリアスは困惑した顔を浮かべる。

「彼の仕事ぶりとか、プライベートなことはあまり知らなくて。だから、誰かの意見を聞いてみたいと思ったんです」

「……そうか。ダリウスは、軽はずみな言動が多いけど根は真面目だな」

 答えながらギュスターはシルフとの会話に夢中になっている彼女を見た。

「社交的で顔は広いし、同じ貴族として見習うところがたくさんある。あと女性や子どもに優しいし、裏表がなくていいやつだと思う」

「そう、ですよね……」

 ふと視線を戻してギュスターは問いかけた。

「何か気になることでもあるのか?」

「うーん、気になるというか……本当に、あたしなんかでいいのかって不安で」

 と、伏し目がちに息をつく。メイリアスは本気で悩んでいる様子だった。

 ギュスターは少しばかり首をかしげたが、貴族と平民という意味では自分たちも同じだと気づく。もしかすると自分もいつか、彼女に同じ思いを抱かせたことがあるのではないだろうか。

「俺の場合、身分の違いなんてちっとも考えなかったな。彼女や他の人を自分より下に見たことはなかったし、自分が勝っていると思ったこともない。だから、ダリウスもそうなんじゃないか?」

「……メイド、なのに?」

「そんなこと関係ないさ。彼が人前で求婚したんだ。その気持ちに嘘偽りはないと思うぞ」

 と、少し口角をつり上げる。

 メイリアスはあの時のことを思い出し、そしてうれしくなってはにかんだ。

「そうですよね。ありがとうございますっ」

 いそいそとメイリアスが仕事へと戻り、ギュスターは再び退屈になって室内をながめた。

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