第27話 蒼い満月

 夕食を運んでいる途中、メイリアスは少しぼーっとしていた。窓外には夜空が暗さを増して広がり、ぽっかりと蒼い満月が浮かんでいた。

 ポケットの中がふいに重くなった気がして立ち止まる。誰もいない廊下で、メイリアスは頭を振って気分を変えた。

「失礼します、夕食をお持ちしました」

 と、来客が帰ってすっかり静かになった部屋に入る。

 読書の続きをしていたユーティアは、きりのいいところまで読んで本を閉じた。棚にそれを置いてから席へ座る。

 いつものようにてきぱきと机に食事を並べる彼女を見ていた。ノーアとダリウスも席に着き、メイリアスがすべての皿を出し終える。

「ユーティア、あの本はちゃんと勉強になっていますか?」

「はい、とても興味深いことばかりですごく勉強になります。あともう少しで読み終わるんですけど、とてもいい知識になります」

 ユーティアはノーアの質問にそう答え、メイリアスが丁寧に紅茶を淹れた。

「それはよかったです。シルフがどのような意図で貸したのかは分かりませんが、きっと彼も喜んでいますよ」

 三つのカップがそれぞれの前に渡され、メイリアスはうしろへ下がった。

 一ヶ月以上もこの城内で暮らしているユーティアは、王家の食事にももう慣れていた。前のようにどきまぎしながら落ち着かない食事をすることも、料理の美味しさに感動することも少なくなっていた。ギュスターの教えのおかげで礼儀作法も完璧だ。

 紅茶を飲もうとして、ノーアはふと顔をしかめた。そして何を思ったのか、口をつけずにカップを戻してしまう。彼はその後、ちらりとダリウスを一瞥した。

 一部始終を見ていたユーティアは、何だか嫌な予感がしたが、はっきりとは分からなくてもやもやする。

 やがて皿の上が空になると、メイリアスはすぐに片付けを始めた。あいかわらず満足させられる味だと思いながら、ユーティアは口を開く。

「あの、ノーアさん、何かあったんですか? 全然紅茶に口つけてなかったようですが」

「いえ、何でもありませんよ。気になさらないでください」

 と、ノーアは首をかしげる彼女へ返す。それでも何かあると思えて仕方なかったユーティアは、また後でたずねてみようと思った。

 片付けを終えたメイリアスが部屋を出て行き、ダリウスは眠たそうにあくびをする。

 小棚の上に置いた本を手に取り、ユーティアはベッドへ腰かける。――考えていたって答えが出ないのだから、今は他のことを考えよう。ユーティアは本の続きを開き、読書に集中することにした。

 メイリアスが部屋へ戻ってくる頃には、退屈に耐え切れなかったのかダリウスが居眠りをしてしまっていた。

「ミスター・アデュートール、彼を注意しなくていいんですか?」

 と、メイリアスがノーアへ問うと、どこか冷たい返事が返ってきた。

「連日の疲れがたまっているのでしょう、たまには許してあげるのも悪くありません」

 メイリアスは意外そうな顔をしてユーティアの方へやってくる。

「大変ね、彼らも。ところで、もう本は読み終えたの?」

 ユーティアは閉じた本の表紙を見つめて言った。

「うん、すごく勉強になったわ。退屈しのぎにもなったし、シルフさんには感謝してる」

 そしてメイリアスは時計を確認し、口を開いた。

「ユーティア、今日は満月よ。昨日の約束、覚えてるわよね?」

「ええ、もちろん。見に行くわ」

 と、ユーティアは本を小棚の上へ置いた。こちらをながめているノーアにメイリアスが話をしに向かう。

「ミスター・アデュートール、これからユーティアと満月を見に行きたいんですけど、よろしいでしょうか?」

 すると珍しくノーアは笑わなかった。

「満月ですか、感心しませんね」

 メイリアスの肩がぴくりと震えた。そのすぐうしろでユーティアが首をかしげる。

「あなたはユーティアが闇に侵されやすいことを知っているはずですよ」

 腰を上げ、立ち上がったノーアは眼鏡越しにメイリアスをにらみつけると言った。

「残念ですが、彼は騙せても私は騙されません。『睡眠薬』には慣れているのでね」

『睡眠薬』の言葉にはっとしたユーティアはメイリアスを見る。

 するとメイリアスはわずかに震える声で言った。

「ごめんね、ユーティア」

 その言葉の意味するものに、ユーティアは悲しみが込み上げてくる。

 そしてノーアがその細い腕をつかもうとした一瞬早く、メイリアスはユーティアの首にかかったペンダントを力任せに取り上げて逃げだした。

「メイリアス!?」

 彼女を捕らえ損ねたノーアは立ち尽くすユーティアへ言った。

「私から離れないでください!」

 すぐさま後を追って廊下へ出る。――親友と言えるくらい近くにいた彼女が密偵だなんて、信じられなかった。

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