第19話 魔宝石の研究

 すると、興味を惹かれたのかノーアが口を開いた。

「そういえば、彼女とはやけに親しげでしたね。世話役を決める時も、真っ先に彼女の名前を挙げたくらいですし」

 含みのある言い方だった。

 ユーティアがもしかして、と思う間にダリウスが返す。

「べ、別に何でもないですよ。彼女とは、ただの知り合いです」

「だけど、以前は仲がよかったんですよね?」

 と、ユーティアがたずねるとダリウスはあわてた。

「えっ、いや……仲がいい、って程でもなかったような」

 戸惑うダリウスへノーアが意地の悪い顔を向ける。

「どちらかといえば、彼女に対して下心があるように見えますけどねぇ」

 ユーティアがはっとすると、ダリウスが吠えた。

「別にそんなんじゃないです! し、下心なんてそんな――無い、絶対に無い!」

 慌てて否定しながらも顔は真っ赤になっている。ノーアがにやにやとダリウスを見つめ、ユーティアは微笑ましくなった。

「やっぱりメイリアスのこと、好きなんですね」

 ユーティアがはっきり言うと、ダリウスはさらに慌てた。

「だから違うって! 好きとかそんなんじゃねぇよ! マジで! マジだからっ」

「あまり否定すると怪しくなるだけですよ」

 と、ノーアが言えば、ダリウスはぎゅっと口を閉じた。しかし、すぐにひらめいて言い返す。

「ノーアの方こそ、プリンセス・クランベリーとはどうなんです?」

「どう、とは何ですか? 特にお答えできることはありませんが」

 冷静にノーアが言葉を返し、ダリウスはにらむように彼を見る。

「何言ってるんですか、オレは知ってるんですよ? プリンセスはノーアにべた惚れだってこと」

 一方、ユーティアはダリウスが何故、そんな質問をしたのか分からなかった。

「ええ、そうですね。それであなたは何を言いたいんです?」

 ノーアの表情は崩れなかった。

 二人の会話についていけなくなったユーティアは首をかしげる。

「オレはただ、彼女の気持ちを――」

「あの、ノーアさんとプリンセスとの間に、何かあるんですか?」

 思い切ってたずねると、二人の視線がこちらを向いた。

「お二人は、家庭教師と教え子のはずでは?」

 ダリウスが「あーあ」と、ため息をつく。

 ノーアはいつもの微笑みをユーティアへ向けた。

「その通りです。それ以下でも、それ以上でもないですよ」

 何となく不自然な返答に思えたが、ユーティアはそれ以上のことを聞けなかった。


 魔法使いの軍服は一般的な軍服とは異なる。どちらもくすんだ緑色を基調としているが、シルフは立襟でギュスターのそれは折り襟だった。

「ノーアは例外で、普通、魔法使いは参謀部に配属されるんだ。戦争が起きた時に備えて、その力を隠しておくのが目的らしい」

「じゃあ、シルフさんもその時は戦場に?」

「ああ、そうなるな。でも俺のやりたいのはそうじゃない。中でも魔法研究を専門に行う部門があって、俺はそこで魔宝石の研究をしている。だから、ずっとそこで研究を続けていられれば、俺は満足なんだ」

 勲章の数もギュスターと違う。魔法使いはその身を保証されている代わりに、あまり活躍させてもらえないようだった。魔法使いが肩書だけだと噂されるのも、きっとそのせいだろう。

「本当に好きなんですね、魔宝石」

 ユーティアが微笑ましく思って言うと、シルフは自嘲気味に言った。

「軍に入ったのもそれが目的だからな。元々俺は、戦うのは好きじゃないんだ。むしろ、人に喜ばれる仕事をしたいと思っている」

 やっぱり彼は優しい人だ。そう思いながら、ユーティアは素直に思ったことを口に出す。

「シルフさんには目指すものがあるんですね、とっても素敵です」

 するとシルフは少し目を丸くして、照れくさそうに視線をそらした。

「まあ、そうだな。だが、魔宝石を研究している人間は俺を含めて数人しかいないんだ。成果が出なければ、いつ研究を止めさせられてもおかしくはない」

「でも、シルフさんのやろうとしていることは人を助けるものでしょう? きっと大丈夫ですよ」

 そう言ってユーティアが微笑むと、シルフの表情も和らいだ。

「現実はそんなに甘くないと言いたいが……ありがとう、ユーティア」

 魔法使いになれる者が多くないことから、その存在は貴重なものだった。しかし魔法使いの多くが魔法に頼って戦闘するため、最低限の武術しか身につけないのが普通だ。

「ところで、どうしてシルフさんはこの部隊に?」

 ふと浮かんだ疑問を口にすると、シルフは優しく教えてくれた。

「まず最高神の宿り主を保護する場所として、この城の北棟が選ばれた。王族の住居であるここは警備が厳重だからな。その次に出入りしてもおかしくない人間として『貴族』であることと、宿り主を守るのに最適な者が挙げられたんだ」

 小さく首をかしげたユーティアに、シルフは言う。

「俺はオード家の次期当主、魔宝石の扱いに長けているし飛馬車も所有している」

「なるほど。じゃあ、他の人たちは?」

「ダリウスは王家と親戚関係にあるし、彼の得意な弓術は後方援護に向いている。ノーアはプリンセスの家庭教師で、一級魔法使いとして確かな実力を持っている。ギュスターは貴族でもあるが、どちらかといえば剣術を評価されてのことだろう」

 と、シルフは部屋の隅にいるギュスターを見た。

 ユーティアもそちらに目をやってうなずく。幼い頃から剣術に長けた彼だったが、実際にこうして仕事に活かされていることを思うと、誇らしくてうれしかった。

「本当に選ばれた人たちなんですね。みなさん、すごく素敵です」

 ユーティアがにこりと微笑むと、シルフはふいに視線をそらした。顔を隠すようにうつむき、小さな声で「ああ、そうだな」と、返す。

 急に彼の態度が素っ気なくなったように感じたが、ユーティアは何故なのか分からなかった。

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