第18話 天と地の差

「ミスター・オードもすごい人よねぇ。魔法使いで博士号で魔宝石の研究者で、出身はかの有名なオード公爵家だものね。憧れちゃうわ」

 ユーティアの髪を丁寧に梳かしながら、メイリアスはふとそう言った。

「そんなにシルフさんって、すごい生まれなの?」

 鏡越しにユーティアがたずねてみると、メイリアスは声を弾ませた。

「すごいに決まってるじゃない。ユーティアは知らないでしょうけど、オード家は昔、今の王家に負けないくらい権力があったのよ。力はいくらか弱まったけれど、今でも由緒正しい家柄として知られてるわ」

「そうだったのね。じゃあ、他の人たちは?」

 ペンダントを服の中に隠して、ユーティアはメイリアスを見る。

「ミスター・アデュートールは確か、元は隣国の富豪だったって聞いたわね。昔の当主が世界情勢に詳しかったらしくて、当時の国王はその情報と引き換えに侯爵の地位を与えたとか。それからこの国で貴族として生活してきたっていう噂よ」

 左右の髪をそれぞれ三つ編みにしてうしろで結わえる。

「ミスター・ファールバードはあれでしょ、まだ軍じゃなくて騎士団だった頃の騎士の一人で、功績を称えられて子爵の位を与えられたっていう。あまり地位はないけれど、騎士の家だけあって剣の腕はさすがよね」

「じゃあ、ダリウスさんは?」

 するとメイリアスは一度、口を閉じてから言った。

「今も昔も、代々続く公爵家として名高いわ。その昔、貿易で一財産築いたらしくて世界的にも知られてる。今の夫人は国王陛下のいとこだし、そのおかげでお金だけじゃなくコネまで持ってるわ。……あたしの家とは大違い、まるで天と地の差ね」

 ユーティアはふと不安を覚えた。

「ダリウスさんのこと、嫌いなの?」

 振り返ってたずねると、メイリアスは気を遣って何事もなかったように笑う。

「そりゃあ、貧しい村で生まれた身としては恨めしいわよ。でも、彼に対して恨みや嫉妬を覚えたって無意味なことは分かってる。だからユーティア、そんな顔しないで」

「……うん」

 それでも、ユーティアの心には何か言い知れぬ不安が渦巻いていた。


 闇魔法の使い手は地下牢へ拘束されるのが決まりだった。その内の独居房にいるマーニを見て、ギュスターは言う。

「本名と出身地、今回の事件について知っていることをすべて話してもらおう」

 マーニは相手が自分より年下であることに気付くと、

「お子様に話すことは一つもありませんよ」

 と、偉そうに視線をそらした。

 年齢だけで相手に甘く見られることはよくあったのだが、今回ばかりはさすがのギュスターも頭に来てしまう。

「さっさと吐け。でないと痛い目に遭わせるぞ」

 と、ギュスターは腰に下げた剣の柄に手を触れた。

 マーニはその殺気に少し怯えた様子で答える。

「……シャールヴィ・グッドオール、生まれはエルムトです」

「何故ユーティアを狙った?」

「最高神が宿っていると聞いたので」

「どうしてそれが彼女だと分かったんだ?」

「それは……」

 マーニが口ごもる。

「そう聞いたんです、あの方から」

「あの方とは誰だ?」

「わ、分かりませんよ! 私はただの吟遊詩人で、あの方とは数回しかお会いしていないんですっ」

 怪しいな、とギュスターは思う。それでもユーティアの情報があちらへ漏れていることは確認できた。

「もし彼女を捕らえることができたら、どうするつもりだったんだ?」

「さ、さあ……私は別に、ただ退屈だったので手を貸したまでで」

 情けない大人だと、ギュスターは思った。

「目的を知らないんじゃ、最高神の蘇らせ方も知らないんだな?」

「もちろんです」

 マーニの言葉を信用するならば、きっとこれ以上の情報は得られないだろう。

 ギュスターは息をつくと、もう一度マーニを強くにらんだ。

「他に思い出したことがあればすぐに言え」

 そう言ってギュスターはその場を離れていく。


「密偵の可能性、ですか?」

 真昼の日差しが庭に穏やかな風を吹かせていた。

「はい、大きな声では言えませんが、その可能性が出てきました。昨日マーニは、すぐにあなたが神の宿り主だと分かったでしょう? しかし、あの場にはたくさんの人たちがいました」

 忙しく働くメイドたちを遠目に、ユーティアはのんびりと歩いていた。

「つまり、ユーティアを知る誰かが、君の外見をマーニに伝えたってことだよ。でもこのことは、王家に関わる人間なら誰でも知りえることだから、密偵が誰かを特定するのは難しいな」

 ダリウスの補足を受け、ノーアはまた話し始める。

「使用人でも地位のある人はあなたのことを知っています。プリンセス・クランベリーもあなたのことを気に入っているので、そこから情報を手に入れたのかもしれません。どちらにせよ、どこかから情報が漏れています。ストレスになるかもしれませんが、今後はむやみに他人と接触しないようにしてください」

「……はい、分かりました」

 ユーティアはうなずいて、密かに心の中でため息をつく。密偵なんて考えもしなかったし、本当に自分が大事な人間であることをあらためて実感してしまって嫌になる。

「まあ、今度また何かあっても、オレたちがいるから大丈夫だと思うけどな」

 と、ダリウスは励ますように言葉をくれた。

「はい」

 と、ユーティアは強がって笑顔を浮かべるが、ちゃんと笑えていない気がした。


 晴れた午後は太陽が眠気を誘う。さくさくと芝生を踏んで歩くと、風が花の香りを連れてきた。

「あの、ダリウスさん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 白いベンチに腰かけてユーティアが口を開くと、ダリウスは彼女を横目に見た。

「ん、何?」

 ユーティアは少し言いにくそうにしてから問いかける。

「ダリウスさんは、その……メイリアスのこと、どう思ってるんですか?」

「は?」

 と、目を丸くするダリウスへユーティアは言う。

「あの、お二人の仲がよくなったらいいな、と思って……」

 ダリウスは悩ましげに口を閉じて考え込む。

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