第15話 定期サロン

「そういえばあなた、シルフィネスの飛馬車に乗ってイザヴェルへ来たんでしょう?」

「ええ、そうよ。あの空馬車にも何か工夫がなされてるの?」

 ユーティアの返答を受け、ミシュガーナは再び長々と話し始めた。

「ええ、もちろんよ。あれも魔宝石を使用しているのだけれど、普通の飛馬車とは違うの。一般的にはペガススの飛ぶ力で動いて、車体に取りつけた魔宝石に自分の魔力をぶつけることで宙へ浮くの。

 でもシルフィネスは、魔宝石その物にある浮力を魔力で引き出しているだけなのよ。だから普通の飛馬車よりも疲れないで済むし、何より一定した安定感をずっと保っていられるの。素晴らしいでしょう?」

 まるで自分のことのように彼を自慢する彼女は、何だか可愛らしかった。きっといとこ同士、仲がいいのだろう。

「あなた、シルフさんのことが大好きなのね」

 そう言ってユーティアが微笑みを向けると、ミシュガーナはきょとんとした。

「え……別に、嫌いではないけれど」

 と、首をかしげる。どうやら彼女は、あまりそのことについて考えたことがないようだ。

「でも、彼とは兄妹みたいなものよ。シルフィネスのしていることは素晴らしいし、正直、感謝してるわ。だけど好きとか嫌いとか、あまり考えたことなかったわね」

 そう言ってミシュガーナは少しうつむいた。このまま悩みだしそうな彼女の様子にユーティアは言う。

「それはつまり、好きってことだわ。嫌いだったら、他人に自慢なんかしないでしょう?」

「……それもそうね」

 納得したミシュガーナがこちらを見て、ユーティアはにっこりと微笑んだ。

「だから、そんなに考え込まないで。兄妹みたいに思える人がいるなんて、すごく素敵なことよ」

 ミシュガーナは目を丸くすると、やがてふわりと微笑みを浮かべた。

「あなた、おもしろい人ね」


 翌日はふんだんにフリルをあしらった薄青色のワンピースに、白の薄いカーディガンを羽織り、大人っぽい白の花を模した髪飾りで前髪を横に留めた。

「おはようございます、ユーティアさん」

「おはようございます、シルフさん」

 いつものようにシルフが小さく微笑み、ユーティアもにこりと微笑み返す。

「昨日はミシュガーナが世話になったな。また会う約束もしたんだって?」

 メイリアスが朝食の準備をしに部屋を出て行き、シルフはいつものように椅子へ腰かけた。

「はい、一週間後に約束しました。今度はこの部屋に案内してお洒落したり、昨日は出来なかった話をたくさんする予定です」

「そうか。あいつ、あの体のせいで友達がいないから、ユーティアがいてくれてうれしいよ。生意気だけど根はいい奴だから、長く付き合ってくれると助かる」

 と、シルフは安心した笑みを見せた。

 まるで保護者のようだ、とユーティアはおかしく思う。

「心配しないでください、言われなくてもそうするつもりですから」

 そう返すと、シルフはほんの少し目を丸くして「ありがとう」と、笑った。

 今朝は妙に空気がしけっており、外ではぱらぱらと雨が降っていた。庭へ出ようと思っても、天気が悪いので気分が乗らない。

「ところで、今日の午後からサロンが開かれるそうだ。プリンセス・クランベリーから招待状が来ている」

 シルフはそう言ってユーティアへ白い封筒を渡した。

「月に一度行っている定期サロンなんだが、今回は巷で噂になっている吟遊詩人を招いているらしい。会場は城の中だから、行ってみるか?」

 封筒から取り出した招待状を一通り見て、ユーティアはうれしそうに顔を上げた。

「はい。ぜひ、行かせていただきます」


 サロンには多くの貴族がやってくる。そこに画家や音楽家などを招いて芸術を鑑賞し、同時に批評するのが通例となっていた。

「あ、ユーティアだ!」

 サロン専用の広間へ行くと、すぐにクランベリー王女がユーティアを見つけてくれた。

「来てくれてありがとう。今日はシルフと一緒なんだね。シルフ、ごきげんようー」

「ごきげんよう、プリンセス・クランベリー」

 と、シルフは返し、場の雰囲気に戸惑いながらユーティアも言う。

「えっと、ごきげんよう、プリンセス・クランベリー。今日は招待していただき、ありがとうございます」

 クランベリーはにっこりと微笑んだ。

「ううん、お礼を言うのはぼくの方だよー。ユーティアが来てくれてうれしいもん」

 その無邪気な返答にユーティアは安心した。

 そしてクランベリーの小さな手がユーティアの手を引く。

「ちゃんと席は取ってあるんだ。こっちだよー」

 と、部屋の中央へ連れて行かれる。

 室内には上質な素材のやわらかいソファが、中央に設置された舞台を囲むようにいくつも置かれていた。

 すでに集まっていた貴族の視線が王女の隣にいる少女に向かう。ユーティアはますます戸惑ってしまったが、近くに付いているシルフもまた、同じように視線を集めていた。

「プリンセス・クランベリー、彼女にもちゃんと気を遣ってくださいね」

 と、シルフが言うと、ようやくクランベリーは状況を把握したらしくはっとした。

「あ、うん。でもユーティアにはぼくがついてるから、そんなに心配しないでいいよー」

 そうは言っても、貴族たちがユーティアを悪く思わないはずがない。するとクランベリーに強く手を握られ、ユーティアははっとした。

「……ありがとうございます、お二人とも」

 向けられる視線は怖かったが、気を強く持っていようと思った。

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