第14話 予言者ミシュガーナ

「闇魔法は元々、属性の一つとして普通に使われていたのよね」

 青い廊下はとても静かで、ユーティアとギュスターの声が響いて聞こえるようだった。

「ああ、そうらしいな。しかし闇魔法は他と違って相手を攻撃するために使われる。そのため、今では闇魔法を教えることはないし、人々は忌み嫌って避けるようになった」

「うーん、それなのに使う人が現れたのはどうして?」

「ノーアから聞いた話だが、闇魔法は最高神と敵対する悪神ローズルに深い関わりがあるらしい。だが、悪神とはいっても神の一人だ。ローズルを信仰する人は昔からいるし、そこが闇魔法の根源である可能性は捨てきれない」

「……そう」

 ユーティアはため息をついてうつむいた。

「本当にわたし、大変な物を背負ってしまったのね。最高神とか、悪神とか……嫌になっちゃいそう」

 するとギュスターも息をついた。

「俺も同じ気持ちだ。まさか、自分がこんなことに巻き込まれるとはな」

 二人はそれぞれにアルグレーン村での生活を恋しく思った。平穏でのんびりとした時間は、もう二度と送れないかもしれない。

「でも、避けられないことだものね。わたし、前向きにがんばるわ」

 と、ユーティアが気を取り直して笑みを見せる。

 ギュスターはつられて口角を少し上げながら、彼女の後頭部へ手をやった。察したユーティアがほんの少し距離を縮め、二人は寄り添うようにして歩いていく。

「それにしても、ギュスターったらまた髪切らずにいるのね。前髪、邪魔っぽくはない?」

 と、ユーティアが上目遣いに言うと、ギュスターは自分の髪を気にしながら答えを返した。

「ん……別に平気だ。まだいける」

「駄目よ、絶対にそれ長すぎるわ。横だって、耳が隠れちゃってるじゃない」

 そしてユーティアが彼の伸び放題になった髪へ手を触れると、ギュスターは嫌そうに避ける振りをした。

「長髪のあなたも嫌じゃないけど、せめて結んだらどう? 今のままじゃかっこ悪いわ」

「そうか? 俺はあまり気にしないんだが……」

 ユーティアは手を引くと少し呆れたように言った。

「春が終わったらもう夏よ? 暑苦しいって他の人に言われる前に、どうにかするべきだわ」


 用意された部屋で待っていたのは車椅子の少女だった。

「は、初めまして。ユーティア・サルヴァです」

 初対面の相手をてっきり大人の女性だと思っていたユーティアはびっくりして、すぐにその少女が予言者だとは信じられなかった。

「お会いするのは初めてね、私はミシュガーナ・ノルン・オードと申します」

 十五歳くらいだろうか、外見のわりに大人びた口調だった。長い黒髪を肩の辺りでゆるくひとつに結っており、車椅子に座った身体は華奢だ。脚が悪いらしく、下半身全体を隠すように青い膝かけがかけられている。

「ミシュガーナ、あまり彼女をいじめてやるなよ。いくら機嫌がよくてもおさえてろ」

 彼女の隣にいたシルフがそう忠告すると、ミシュガーナは言った。

「大丈夫よ、シルフィネス。それに私の機嫌をよくしてくれたのはあなたですもの」

 シルフは呆れてため息をついた。

 ギュスターはいまだに戸惑っているユーティアへ顔を向けた。

「まあ、そういうことだ。話したいことがあるなら好きにやってくれ」

「……う、うん」

 うなずいたユーティアは静かに彼女の元へ歩み寄り、あらためて声をかけた。

「予言者さん、なんですよね? あなたのおかげで、わたしが保護されたって聞きました」

「そんなに丁寧な言葉、使わなくていいわよ。私も敬語で話す気はないから」

 あまりにも堂々としたミシュガーナの態度にユーティアは困惑した。

「あ、うん。えっと、それでわたしが伝えたかったのは……わたしを見つけてくれて、ありがとうってことです。あなたがいたおかげでわたしは今日までやってこられたから」

 そう言ってユーティアがにこっと笑うと、ミシュガーナはきょとんとした顔をした。そしてシルフを見上げると、

「しばらく二人きりにさせてもらってもいいかしら?」

 と、問う。

 シルフはぶっきらぼうに「どうぞ、お嬢さま」と、返した。

「ちょっとあっちへ行きましょう」

 ユーティアに向き直ったミシュガーナは、すぐに部屋の隅へ向かう。今まで自動で動く車椅子を見たことのなかったユーティアは感心しながら、彼女の後をついて行った。

 ギュスターとシルフが遠くからこちらを見守る中、ユーティアはたずねる。

「その車椅子、どうなってるの?」

 ミシュガーナはまたきょとんとした顔を向けた後、少しうれしそうな顔をした。

「シルフィネスが作ってくれたのよ。彼、魔宝石の研究をしているでしょう? それでその実用化に向けて、試験的に車椅子に魔宝石を取りつけたの。まだ試験段階だから、週に一度、動作点検をするのよ。でも今日、彼が新しく改良した魔宝石を取りつけてくれたから、今までの何倍も移動が楽になったわ」

 と、一気に説明をする。

 ユーティアは第一印象と違う彼女の姿に困惑しながらも、車椅子の仕組みに興味がわく。左右の肘かけに半透明な黄色の石がついており、左右の車輪にも同じ物がはめ込まれている。それに手を触れることで魔力が通じ、自在に動かす事が出来るらしい。しかし遠くから見ただけでは、普通の車椅子とあまり変わらないように見えた。

「シルフさんの研究ってこういうことだったのね、すごいわ」

「でも、まだ実用化するには程遠いらしいわ。私だってはっきり言ってしまえば、ただ実験に使われてるだけだもの」

 そう言いながらもミシュガーナは、やはりうれしそうな顔をしていた。

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