第12話 退屈な日々
ユーティアの近くに来たノーアは笑顔を崩さずに口を開いた。
「お聞きしたいことがあるのですが、今まで闇魔法に触れたことはありますか?」
はっとしたユーティアは、すぐに首を横へ振った。
「いえ、ないです。生まれ育った村は魔法自体、あんまり使いませんでしたから」
「そうですか。では、何か特定の物に触れたり、見たりすることで拒絶反応を示したことは?」
ノーアの引いてくれた椅子へゆっくりと腰をかけ、ユーティアは答える。
「思い当たらない、です」
「そうですか、ありがとうございます」
と、その向かいへ座り、ノーアは口を閉ざして考え込んだ。
その様子を見て、ユーティアはふと心配になってしまう。きっと、闇魔法の勢力について考えているのだろうが、自分は何も力になれない。
「……言い忘れていましたが、今日一日お付き合いさせていただきますね。気楽にしてくださってかまいませんし、何かあればすぐに言ってください」
考えるのをやめたノーアがまたにっこりと微笑んで、ユーティアは我に返る。
「あ、はい」
どんなに自分が考え込んでも無駄だと思った。それなら今を楽しく生きよう、と考えてユーティアはノーアを見る。
そしてずっと気になっていた事をたずねた。
「あの、今朝、プリンセス・クランベリーからたくさん髪飾りをいただいたんですけど、これはどういうことなんでしょうか?」
するとノーアはどこか楽しげな表情を浮かべてうなずいた。
「一言で言うと、気に入られたのでしょう。あの方にとって、髪飾りを贈るのは友好の証ですから」
「そうなんですか。じゃあ、どうしてプリンセスは男装を?」
ユーティアが本当に聞きたいことをたずねると、ノーアは答えた。
「残念ながら、それは私にも分かりません。プリンセスは変わった方ですが、今ではドレスを着ている方が違和感を覚えてしまうほど、あの姿で定着していますよ」
そう言って王女の家庭教師はくすくすと笑うのだった。
日々は退屈だった。闇魔法、と言われてもユーティアの身に危険はない。メイリアスと一緒に髪飾りやドレスで遊んだり、気分転換に廊下を散歩しているうちに日が暮れていた。
「あの、わたし……まだ少し、半信半疑なんですけど」
部屋へ戻るなり、ユーティアはノーアへ言った。
「わたしはやっぱり、危険な状況におかれているんですよね?」
ノーアは少し不思議そうにしたが、すぐにうなずいた。
「ええ、もちろんです。今はまだ何も起きていませんが、闇魔法の勢力はあなたを探しているはずですから」
探されている、と思うとユーティアは暗い気持ちになった。
「実感がわかないのは分かりますが、遅かれ早かれ、あなたの身に危険がおよぶのは確かです」
と、真面目な顔をしてノーアが言う。
ユーティアは「分かりました」と、返事をしてからこらえきれずにため息をつく。
もしかすると、もうアルグレーン村へは帰れないかもしれない。すぐそばにギュスターがいてくれるだけありがたかったが、同時に寂しさが胸を埋めて切なくなる。
「あ、でも、それなら」
ふとひらめいてユーティアは彼を見る。
「その……もう少し、楽にしてくれませんか? これから長い付き合いになりそうですし」
提案をすると、ノーアは困惑したようにまばたきをした。
「それはかまいませんが……私は責任者ですので、あまりご希望には沿えないかと」
「あっ、そうですよね。ごめんなさい」
思わずユーティアが謝ってしまうと、ノーアはくすりと笑みをこぼした。
「いえ、いいんですよ。他の三人には気を楽にしてあなたと接するよう、伝えておきますね」
眼鏡越しに見える優しげな目に、何だかユーティアはほっとしてうなずいた。
「はい。ありがとうございます」
「おはようございます、ユーティアさん」
「お、おはようございます」
翌朝、シルフィネスが部屋へやってきてはにこりと微笑んだ。
「ノーアから聞きましたよ。今後は気を楽にして接しろ、と」
「あ、はい。その方が、わたしとしても楽なので……」
と、ユーティアが彼の方を見られずに椅子へ腰を下ろす。
シルフィネスは歩み寄ってきながら言った。
「というわけで、まずは謝らせてほしい」
「え?」
目を丸くするユーティアのそばで足を止め、シルフィネスは謝罪をした。
「この前は本当に申し訳ないことをした。まだ出会って間もない女性にあんな真似をしてしまって、本当にすまなかった」
真面目に頭を下げる彼を見て、ユーティアは呆然としてしまう。言われてみればそんなこともあったかと思い出すのだが、同時にあの時の何とも言えない思いがよみがえり、彼から視線を外した。
「べ、別に……気にしてませんから。必要なことだったんだと、一応理解はしてますし……」
言いながらも頬が熱くなってくる。過ぎたことだと分かっていても、思い出してしまうといまだに恥ずかしいのだった。
「……そうか、よかった。じゃあ、あらためてこれからよろしくな」
と、シルフィネスは安堵した様子で彼女の向かいの席へ腰かけた。
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
と、ユーティアが返せば、青年はにこりと笑う。
「俺のことはシルフと呼んでくれ。周りからそう呼ばれてるから」
彼は第一印象と違って好青年に思えた。ユーティアは二人の距離が縮まったのを感じ、無意識にしていた緊張を解いた。
「分かりました、シルフさん」
「ああ、それでいい」
と、彼が満足そうな表情をし、ユーティアはほっとして少しだけ微笑んだ。
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