第11話 宿り主の弱点
「王家に伝わる大事な記録とか伝承の類もここに置かれてるから、君の知りたいことはそんなに多くないんだよなぁ。とりあえず、これとこれが一番詳しい本かな」
年季の入った表紙がずらりと並んでいる中で、ダリウスは本と言うよりは冊子に近い物を二つ取り出してユーティアへ渡す。
「最初に神の宿り主になった人のことが書かれてる。真相はあやふやだけど、参考にはなるんじゃないか?」
ユーティアはそのうちの一冊を慎重にめくり、その文面に目を通した。
『神々の争いが休戦した頃、女神フリーアは一人の青年に最高神アルファズルの魂を宿らせた。二百二十七年、四の月と二日目のことである。女神は青年の夢に現れてこう告げた。――彼の魂は何世紀にも渡り人々の間を旅するでしょう。その始まりが貴方で、その終わりは遥か彼方にあります。人々が進歩を遂げていく最中、魂に危機が訪れることもあるでしょう――』
「どう? 知識になりそうか?」
ダリウスの声にはっと顔をあげ、ユーティアは答えた。
「はい、理解しにくい部分もありますが、とてもいい勉強になりそうです」
と、ダリウスのそばを離れて窓際へ向かう。カーテンが閉ざされているので明るいわけではなかったが、じんわりと春の熱が伝わってきた。
『女神は人間界に最高神を落とした。世界の創造主である彼を生きながらえさせるためにしたことであるが、宿り主である青年は言った。――女神は僕らを試しているんだ。最高神を守りきることができるか、つまり世界を守りぬくことができるのか、それを試されているのだ――。この時から天上界と人間界を結ぶ道は破壊され、今では誰も女神に会うことはできなくなった。しかし我々にできることはただひとつ、最高神を守り続けることである』
今の時代、神々が本当に存在するのかは疑われている。信仰が薄くなったわけではないが、昔と比べると人間は疑い深くなっていた。
『宿り主には弱点がある。光の結晶である最高神は闇に触れるのを恐れていた。それと同じで宿り主もまた、闇に触れてはならない』
「ダリウスさん、あの、闇って何ですか?」
退屈していたダリウスは距離を縮めることもなく、自分の持つ知識を彼女へ与えた。
「魔法の定義としては、光と相反する力のことで、光とは決して交じり合わない属性のことだな。闇魔法っていうと、人や物を傷つける能力が代表的だぜ」
「神の宿り主は闇に触れてはいけないそうですね……わたしも同じでしょうか?」
ダリウスはこちらへやってくると、ユーティアの見ていたページを覗き込んだ。
「ああ、そういえばそんなこともあったな。闇魔法はもちろんだけど、そもそも闇っていうのは月、総じて夜を指すことが多いから、きっとユーティアが夜に外出するのもよくないだろうな」
「そうですか……ありがとうございます」
ユーティは納得すると、また本に目を落とした。
「ユーティア、服が届いたわよ! ほら、起きて起きて!」
翌朝、メイリアスのうれしそうな声でユーティアは目を覚ました。
昨日の疲れが残っているのか、頭がぼーっとする。
「仕立て屋の人が気を利かせて、すぐに届けてくれたのよ。さあさ、今日はめいっぱい、お洒落しましょ!」
と、メイリアスに布団を取り上げられる。
ユーティアは寝返りを打って強く目を閉じた。しかし、すぐにカーテンが開かれて、窓から漏れてくる朝陽に邪魔されてしまった。
「ちょっとユーティア、起きなさい! まったくもう、今朝はプリンセス・クランベリーから可愛い髪飾りもたくさん届いているのよ?」
仕方なく目を開けたユーティアはあくびをしながら上半身を起こした。見てみると、机の上にきらきらと輝く箱が置かれてあった。
早くベッドを下りて着替えましょう、とメイリアスが急かす。ユーティアはすぐにベッドを出て、彼女の待つ衣装棚の前へ向かった。
春らしい黄緑色のシフォンで出来たワンピースに身を包み、似た色合いの髪飾りで前髪を横に留めたユーティアは緊張していた。
「こんな格好、したことないから慣れないわ……」
「大丈夫よ、これから毎日着るんですもの。お洒落なあなたを見たら、きっとミスター・ファールバードも惚れ直すわ」
「そういうことじゃないんだけど……」
メイリアスがユーティアの肩を軽くたたいて励ますと、扉を叩く音がした。そちらに目をやったユーティアはその場に立ちすくみ、メイリアスが耳元にささやく。
「ミスター・アデュートールだわ、失礼のないようにしなきゃ」
そして部屋に入ってきた銀髪の青年ノーアは、貴族のようなユーティアの姿に一瞬だけ驚くと、すぐににこりと微笑んだ。
「おはようございます、ユーティアさん」
「お、おはようございます……っ」
ユーティアが恥ずかしくなって顔をうつむけると、ノーアは優しい声で言った。
「そんなにかたくならなくて結構ですよ、とてもお似合いです」
部屋を片付けたメイリアスが満足げに部屋を出て行き、ユーティアは少し顔を赤らめる。
「あ、ありがとうございます……」
素直に喜べなくて、ただ恥ずかしかった。まるで自分が自分ではないような気がして、まだ慣れない。
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