第10話 クランベリー王女

 朝食の後、二人は東にある図書室へ向かっていた。

「この城には西と東に二つ図書室があって、西は第一図書室、東は第二図書室って呼ばれてるんだ。オレたちの目指しているのは第二図書室。軍事に関する書物が多くを占めているけれど、一部の人間しか知らない場所にそれはある」

 春の陽光がまぶしく城内を照らし、ぽかぽかと空気を暖めている。

「というのも、西の図書室は政治家が頻繁ひんぱんに利用するから、大事な情報は信用の置ける東側に預けた、ってことなんだ。昔から政治家には汚いことを考える人間がいるからね」

「軍の人に悪い人はいないんですか?」

「基本的にはいないと思うよ。政治家は王家と向かい合う立場にあるけど、オレたち軍人は王家に仕える者だから、悪いことをしようとしても出来ないのが現実なんだ」

 派手な装飾の階段を一階まで下り、赤い廊下を進んでいく。ダリウスの案内がなければ確実に迷う道だ、とユーティアは思った。

「まあ、政治家とつながりを持っている軍人なら、たくさんいるけどな」

 角をひとつ曲がると前方に人影が見えた。それが男性と小さな子どもの姿らしいとすぐに分かったが、誰かまでは分からない。

「軍人も政治家も多くが貴族出身の人間だから、当たり前と言えば当たり前なんだけどさ」

 ダリウスはそう言うと一度口を閉じ、こちらにやってくる人影に声をかけた。

「ごきげんよう、プリンセス・クランベリー」

 短い距離を置いて全員が立ち止まり、ユーティアはようやくそれがノーアと王女であることに気がつく。

「あ、ダリウスだ。ごきげんようー。えっと、その人はー?」

 と、王女クランベリーはユーティアを見上げた。

 その姿は本当にこの国の姫なのかと疑いたくなるものだった。金色の髪は短く少年風に切られており、言葉遣いにも気品が感じられず、着ている服も男の子のものだ。

「先日お話した方ですよ、ユーティア・サルヴァさんです」

 と、何故かその隣にいたノーアが紹介してくれた。

「ぼくは、クランベリー・シギュン・エレノア・ミルフィーユ・ミッドガルドです。お姉さん、お城で保護されてるんだよね? これからよろしくお願いしますー」

 王女とは思いがたい雰囲気の少女に、ユーティアは困惑しながら軽く頭を下げた。

「こ、こちらこそ……っ」

「ところで、お二人はどちらへ行くつもりですか?」

 ノーアがたずね、ダリウスは答える。

「図書室ですよ、彼女が勉強したいって言うから」

 クランベリーは興味深そうにじっとユーティアを見つめていた。あまり背丈は高くなく、年齢的には十三歳くらいだろうか。やはり男の子のように見える。

「なるほど、あまり余計なことは吹き込まないでくださいね。それでは、私たちはこれで」

 と、ノーアがクランベリーをうながして再び歩き始める。

 ユーティアは二人を少し見送ってから、ダリウスへ質問をした。

「あの、どうしてノーアさんが王女様と一緒にいらっしゃるんですか?」

「副業だよ。本業は軍人だけど、あることをきっかけに王女様がノーアにべったりなついちゃって、それからずっと家庭教師として雇われてるんだ」

 と、ダリウスは歩き始めた。

 その後を追いながら、ユーティアはまた質問を返す。

「じゃあ、あの王女様はどうしてあんな格好を? 女の子なんでしょう?」

「んー、趣味らしいよ? 王女様は小さな頃からわがままで、いつからか男装するようになったって。ちゃんと理由を知りたいなら、直接本人に聞いてくれ」

「……そうですか」

 別に男装が悪いことではないと認識していたつもりだったが、ユーティアはどうしても違和感をぬぐえずにいた。


 廊下を一番奥まで行ったところで、ダリウスは立ち止まった。

「さあ、ここが図書室だ」

 と、扉を開けて中へ入る。どこか古ぼけた感じのする独特の匂いが鼻を突く。

 ユーティアは所狭しと並べられた本棚の数に驚いた。

「ユーティア、ちゃんとオレについてきてくれよ」

「あ、はいっ」

 名前を呼ばれて我に返ったユーティアは、慌ててダリウスの後を追う。自分にあてがわれた部屋と同じくらいの面積の図書室は狭く感じられ、人の姿もほとんど見られなかった。

 右側の壁伝いに奥まで進んで行くと、木製の古風な扉が見えてきた。そこに取っ手はなく、中央より下あたりに、黄色いひし形の魔宝石がはめこまれているだけだった。

 扉の前に立ったダリウスは右手で魔宝石に触れる。

「オースサズ、ド、ファルノウン、ホーパ、フィヨルニル」

 何かの外れる音がし、扉が開かれた。先にユーティアを中へ入れ、ダリウスは周囲を確認しながら扉の先へ行く。

 二人が室内に入ると扉が勝手に閉じて、ユーティアはおずおずとそこにある景色を見回した。小さな部屋なのに本棚が壁に寄せられているため、広く感じられる。

「この部屋、内側からしか開けられないようになってるんだ。外から開ける時は合言葉が必要で、普通の人は勝手に入っちゃいけない場所なんだけど」

「え? それじゃあ、いけないんじゃないですか? わたし、勝手にこんな」

 と、ユーティアが慌てるとダリウスは笑った。

「いや、大丈夫だよ。確かに入っちゃいけない決まりになってるけど、オレは特別神衛部隊の一員だし、神の宿り主である君には、詳しい情報を知る権利がある。そうだろ?」

「……そう、ですね」

 言われて見ると、自分も彼も特別な人間だった。ユーティアは納得し、近くの本棚へ寄った。

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