第9話 守りがいのある女の子

 ふいにユーティアは鏡台の前へ行き、ペンダントを首にかけた。

 その姿を鏡越しに見たダリウスは何か言おうとしてためらう。

 ユーティアは綺麗に整えられたベッドに腰かけると、窓の外へ目を向けた。

「聞いてもいいか? ギュスターとは、どうやって知り合ったの?」

 唐突な問いにユーティアは遠くの空を見ながら答えた。

「十年ほど前に、彼が家族と一緒に村に越してきたんです。アルグレーン村は昔から移住者の絶えない村なので、それで彼と出会いました」

 ダリウスはただ彼女の背中を見つめていた。

「じゃあ、恋人になったきっかけは?」

 沈黙を避けるための質問だと気づきながら、ユーティアは答える。

「村は小さかったので、出会ってすぐに友達になりました。彼が貴族の子だと知っていましたが、村に差別や偏見はありません。みんなが平等に生活し、彼のお母さんはわたしの店を気に入って贔屓ひいきにしてくれていました。だから、惹かれあう者同士が恋仲になるのも自然の成り行きでした」

 そこまで言って、ユーティアはちらりとダリウスを見やる。この先を話すのはやや気が引けて、どうそらしたらいいかと考えをめぐらせた。

「あの……ダリウスさんは、確か准尉なんですよね? 能力を買われてこの部隊に選ばれたって聞きました」

 ふいに発せられたユーティアの言葉に、ダリウスは少々ドキッとしたようだ。

「ああ、そうだけど」

「弓術、やっていらしてるんですね」

 と、ユーティアはダリウスの背中にある弓筒を見つめて言った。

 ダリウスは少し明るい口調で話し始めた。

「本当は魔法使いになりたかったんだけどさ。才能がなくて、その代わりに弓術を極めてみたらこうなったんだ。ちなみに、魔術検定は四級だぜ」

 人は魔法技術検定――略称・魔術検定――で自分の力がどれほどの物か知ることができた。

 下位の五級は誰もが持ちうる魔法技術であり、それより上には努力した者と才能のある者しかいけなかった。ちなみに魔法使いと呼ばれるのは二級からである。

「わたしは検定を受けたことがないんです。特にやりたいこともなかったから、何もしてなくて」

 そう言ってユーティアは少し笑った。

「ああ、なるほど。家業を継ぐのに魔法は不要だもんな」

 と、ダリウスが納得する。部屋の空気は先ほどよりもずっと和らいでいた。

「そういえば、ダリウスさんはおいくつなんですか?」

「オレは今年で二十歳になるよ。ユーティアは十八だろ? ギュスターから聞いた」

「あ、そうなんですか。じゃあ、部隊の中で一番年下なのは、彼なんですね」

「うん、そうだな。でもあいつ意外としっかりしてるし、剣術で右に出る者はいないって言われてるから、あんまり考えたことはないなぁ」

「そうですか……最初の頃は、無愛想で付き合いにくかったでしょう? 彼も、わたしと同じで人見知りするんです。最近はどうか分かりませんが、人嫌いなところもあるので、一緒にいてやりにくかったりしませんか?」

 するとダリウスは声をあげて笑った。

「ははっ、確かに出会った頃は無愛想で返事も短くてやりにくかったな。だけど今はもう慣れたから、気楽に話が出来るよ。ユーティアが心配することはないと思うぜ」

 ユーティアはほっとして言う。

「それはよかったです。だけど、彼が誰かに迷惑をかけていたら嫌なので、やっぱり心配になっちゃいます」

「本当にいい子だなぁ、ユーティアは。君も人見知りするって言うけど、ギュスターの方が重症だと思うね。あいつ笑わないしさ」

「あ、笑わないのは恥ずかしがっているだけですよ。よく分からないんですけど、人前で笑顔になるのが嫌なんだそうです」

 そう返すとダリウスは目を丸くした。

「え、そうなの? へー、あいつ恥ずかしがりなだけか。意外と可愛いとこあるじゃん」

「はい、だからあんまり彼を悪く言わないでくださいね」

 と、ユーティアは微笑む。

 するとダリウスがふいにつぶやいた。

「神の宿り主が君でよかった」

 ユーティアは思わず首をかしげた。

「どういうことですか?」

「んー、なんてゆーか……長い時間一緒にいても退屈しないっていうか、守りがいのある女の子だなって、ふと思っただけさ」

 と、穏やかに笑う。

 どう反応していいか分からなかったユーティアはうつむき、ただダリウスが何か言うのを待っていた。

「女神フリーアもよくこんなことしたよな。世界を守るために最高神の魂を人間界に隠して存続させて、なのに自分たちはまったく姿を見せないおかげで、こうしてオレたち人間が大変な思いしてるんだぜ? 宿り主の君なんかは特に荷が重いだろ?」

 ダリウスはじっとユーティアを見つめていたが、ふいと目をそらす。

「でも、一番辛いのはギュスターなのかもな。大事な人が安心して生活できないでいるのは見てられない……それでも君を守ることが使命なんだから、その使命をまっとうするしかないんだよな」

 おそらく、自分の大事な人が神の宿り主だった場合のことを考えているのだろう。ユーティアは顔を上げた。

「やっぱり、大事な人は巻き込みたくありませんよね。それならわたしは、こうなった経緯について知りたいです。女神の思惑とか、わたしのこれからが予想されるようなことを一つでも多く知って、自分なりに対処して行きたいです」

「そっか、前向きだな。宿り主に関する文献はそんなに多くないけど、君がそう言うなら、あとで城内の図書室に勉強しに行くか?」

 ダリウスの提案にユーティアはしっかりとうなずいてみせる。

「はい、ぜひ行きたいです。それで少しでもみなさんの負担を軽く出来るなら、頑張って勉強します」

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