第8話 気さくなダリウス
それからメイリアスはユーティアにここでの生活について教えてくれた。礼儀作法を始め、どんな人がこの城へやって来るかなど、半ば噂話に近い話までしてくれて、ユーティアの緊張は少しずつほどけていく。
そうして二人で盛り上がっていると、ふいに扉を叩く音がした。メイリアスはとっさに座っていた椅子を立ち、ユーティアは緊張して座り直す。
「おはようございます、ユーティアさん」
と、入ってきたのはダリウスだった。メイリアスが部屋の中を片付け始め、ユーティアは返事を返す。
「ぉ、おはようございます、ダリウスさん」
まだ慣れていない相手なので、どうにもぎこちない挨拶になってしまった。しかし、ダリウスはにこっと笑ってくれる。
「昨日はよく眠れたかい? ギュスターの話によると、昼寝のはずがどんなに声をかけても起きなくて、今日になっちゃったらしいな」
楽しいおしゃべりですっかり忘れていた申し訳ない気持ちが目を覚まし、ユーティアは思わずうつむいた。
「す、すいません……わたしも、そんなつもりなかったんですけど、気づいたら朝で」
「謝らなくっていいよ。慣れない場所に来て疲れちゃったんだろ? しょうがないことさ」
気さくにダリウスは言うと、ユーティアの向かいの席へ腰かけた。
すると彼は何かに気づいたらしく、メイリアスへ言った。
「何だよ、メイリアス。朝から機嫌悪そうだな」
二人の様子を見ていたメイリアスは口をとがらせて言い返す。
「別に機嫌悪いわけじゃありませんけど?」
「だったらにらむなよ」
「気のせいでしょ。朝食の用意があるので失礼します、ダリウス様」
と、分かりやすく嫌味に返し、メイドは洗いものの入ったかごを持って出て行った。
何か言いたげにダリウスがため息をつき、ユーティアはたずねた。
「あの、お二人は知り合いなんですか?」
ダリウスはユーティアの顔を見るなりはっとして、微妙に口角を吊り上げてみせた。
「知り合いっていうか、なんつーか……北棟に来るたびに何度かすれちがってて、そのうちに話すようになっただけだよ」
「そう、ですか。でも、仲が悪いみたいに見えましたが」
少々不安げにユーティアが言うと、ダリウスは苦笑いを浮かべて言った。
「前まではこんなじゃなかったんだけどな。オレにも原因が分からなくて困ってるところなんだ」
どうやら二人の間で何かあったらしい。ダリウスには思い当たる節がないようだが、メイリアスに聞いたら分かるだろうか。ユーティアはお節介かもしれないと思いつつ、そんなことを考えた。
ダリウスは軍服のポケットから一枚の紙を取り出して言う。
「えーと、護衛のことなんだけど、オレの次にノーア、ギュスター、シルフの順番になってるから覚えておいて。それと、今はまだ闇魔法の奴らも表立った行動はしていないから城内をうろつくことは可能で、街に出る時は事前にノーアの許可を取ること。分かった?」
「……はい」
行動に制限がかけられるのは守られている証拠なのだろうと、少しだけ苦く思う。
「これは国のしていることだけど、その責任はすべてノーアにあるから気をつけてくれよ。これから何があるかなんて分かんないし、奴らが戦争を起こす可能性だってないとは言えない。まあ、オレたちがついているから大丈夫だとは思うんだけどさ」
と、ダリウスはまた笑顔を作った。そして壁にかけられた振り子時計をちらりと見やってから話題を振ってくる。
「ところでユーティアは、今までどんな暮らしをしてたんだ?」
ユーティアは質問に答えようとしてはっとした。ヴィアンシュからもらったペンダントを鞄にしまったまま放置していたことを思い出したのだ。
「あの、実家がパン屋をやっていたので、それで両親の仕事を手伝っていました。でも、自分ではほとんどパンを焼いたことがなくて、いつも店番してました」
と、室内をきょろきょろしながら言う。自分の鞄はメイリアスがどこかにしまってしまったらしく、どこにも見当たらない。
「へぇ、パン屋か。何だかおもしろそうだな」
ダリウスが
すぐさま立ち上がって小棚に向かったユーティアはすぐにそれを手にとった。両手で包みこむように取りあげ、なくしていなくてよかったと安堵する。
「あの、これ仲良くしてた女の子からもらったんです」
と、席へ戻り、ユーティアはうれしそうにダリウスへそれを見せる。
ダリウスはあまり興味がなさそうにペンダントをながめると言った。
「ふぅん? よかったじゃん、オレにはあんまりよく分からないけど」
率直な台詞にユーティアは思わず傷ついた。――相手は男性で軍人だ、ヴィアンシュのペンダントのよさを分かってくれるとはかぎらないのに、自分は何をしているんだろう。
分かりやすく落ち込んだユーティアにダリウスは慌てて声をかける。
「あ、でも子どもが作ったにしては素晴らしい出来だな。デザインもシンプルだし、なんてゆーか……
ユーティアは顔をあげてペンダントに目をやると言った。
「いえ、そんなに褒めていただかなくて結構です。ちなみにこれ、その子が作ったものじゃないですよ。彼女の家が雑貨を作って稼いでいるので、その中のひとつだと思います」
ダリウスは気まずそうに顔をゆがめ、視線をそらす。
「そっか、ごめん……」
「いえ、気にしないでください」
微妙な空気が流れ、二人とも黙り込んでしまう。互いに何も知らない状態であることに少なからず壁を感じていた。
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