第7話 メイドのメイリアス

 静かな朝だと、目覚めて思った。

「おはようございます、ユーティアさん。ぐっすり眠っておられたようですが、気分はどうですか?」

 聞き慣れない女性の声へ、覚めきらない頭でユーティアはうつろに返す。

「悪くはないけれど、何だか不思議な……」

 天井の白とふわふわの布団にユーティアははっとした。慌てて上半身を起こすと、メイドがすぐそばに立っていた。

「大丈夫ですか? もう朝ですよ」

 と、メイリアスがにっこりと微笑む。恋人の姿はすでになく、何故だか嫌な感じがして眠気が一気に吹き飛んだ。

「予定では七時にミスター・パシェイソンがいらっしゃるので、その後に朝食をとることになっています。というわけなので、まずは服を着替えましょうか」

 ユーティアは昨日の昼間に眠ったあとから今まで記憶がないことから、自分が相当長い時間眠ってしまっていたのだと気づく。しかしメイリアスは何も言わず、部屋の隅にある衣装棚へ意気揚々と向かって行った。

 静かにベッドから出たユーティアは、どうしようか迷いながら彼女の方へ歩み寄ることにした。

「明日か明後日には特別注文した服が届くので、それまではすでにあるもので済ませますが、これからは城内にふさわしい格好をするようにお願いいたします。それとこの部屋で生活するからには、ある程度の礼儀を覚えていただかなければなりません」

 と、メイリアスは薄い桃色のワンピースを取り出し、ユーティアへ顔を向けた。

「まあ、ぶっちゃけて言うと、あたしはあんまり気にしないんだけどね」

 唐突な態度の変わりように、どう反応を返せばいいのか分からなくなるユーティア。

 メイリアスは困惑するユーティアに優しく微笑むと、また言った。

「本当はあたし、貴族とか王家の下に仕えるのは好きじゃないの。だから今回はこうして、普通の女の子の世話役に任命されて、すごく気が楽なのよ。どうせあなた、貴族の生活には慣れていないんでしょう?」

「は、はい。都会に来たのも、初めてです」

 そう答えるとメイリアスはうれしそうにうなずいた。

「じゃあ、主従関係はなくしてお友達ということで仲良くしましょう。さあ、服を脱いで」

 ユーティアはまだ戸惑いを隠せずにいたが、言われたとおりに着ていた服を脱ぐ。知り合ったばかりの他人の前で下着姿になるのには抵抗を感じたが、仕方ない。

「あら、綺麗な肌してるわねぇ、白いし細いし……均整のとれた身体でうらやましいわ」

 と、メイリアス。

 恥ずかしくなったユーティアはとっさに両腕で胸を隠した。

「ふふ、恥ずかしがらなくていいのよ。さあ、足をどうぞ」

 と、ユーティアの気持ちを無視するように、メイリアスは楽しそうにうながした。

 どうにかワンピースに着替え終えると、メイリアスは床へ落ちた服をかごへ入れ、ユーティアへ言った。

「次は髪の毛をかすから、そこへ座って」

 鏡台の前にある椅子を指差され、ユーティアはすぐにそこへ腰を下ろす。そのうしろに立ったメイリアスは引き出しから木製の立派なくしを取り出した。

「普段、髪は結っているの? それともこのまま?」

 ユーティアの明るい茶髪に優しくくしが入る。上から下へと、ゆっくり梳かされていく感覚に、少し身を震わせながら返事をした。

「基本的には、結っていません」

 肩につくかつかないかくらいのまっすぐな髪の毛、左で分けた前髪が頬にかかっている。

「あら、そうなの。たまには結ってみると気分が変わるわよ。もう少し伸ばせば色んな髪型が出来るでしょうし、恋人と会う時くらいはお洒落しなきゃ」

 と、メイリアスはにこっと笑う。鏡越しの笑顔にドキッとしたユーティアは、思わず目をそらした。

「もしやりたい髪型があったら、注文してくれていいわよ。髪飾りだって、頼めば買い与えてくれるはずだから」

 一通り梳かし終えると、メイリアスは再び引き出しを開けて銀の髪留めを取り出した。

「ほら、髪飾りをつけただけでも印象が変わるでしょ?」

 それで前髪を横に留めてもらうと、ユーティアはいつもと違う自分に会えた気がした。

「……そうですね。わたし、あんまりお洒落ってしたことなかったです」

「じゃあ、これからは思う存分お洒落を楽しみましょう。欲しい物があったら何でも言って、すぐ上に頼んで買わせるから」

 と、メイリアスはにっこりと笑った。

 途端にユーティアの心は弾んだが、束の間だった。気になることがあったからだ。

「あの、買わせるって……?」

「軍の資金から予算が出てるのよ。だから、言えばすぐに調達してもらえる仕組みなの」

「軍、ですか。でも、それって……税金、ですよね?」

 ユーティアの示すところに気がついてメイリアスは少し苦い顔をする。

「まあ、結局はそうなるわね。だけど、言い換えれば国があなたを守ろうとしてるのよ。だから気にしちゃダメ」

「……分かりました」

 腑に落ちることはなかったが、受け入れざるを得ないことだった。税金のせいで苦しい生活をしている人も少なくない。しかし、ユーティアは国という大きなものでなければ守りきれないような存在なのだ。そうであれば、今は現実を受け入れて生きていくしかない。

 メイリアスが優しくユーティアの頭を撫で、ユーティアは無意識にうつむいていた顔をあげた。

「優しいのね、あなた」

「……いえ、メイリアスの方こそ」

 と、ユーティアは彼女を振り返ってにこりと微笑んだ。

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