第6話 恋人の温もり

「お前が神の宿り主だと分かったのは四日前のことなんだ。特別神衛部隊に配属された時はこんなことになるとは思わなかった」

 赤い布の敷かれた丸い机を挟み、木製の椅子に腰を下ろして二人は向かい合う。

「じゃあ、これは本当に偶然ってこと?」

「ああ、そうだ。だから正直、俺も戸惑ってる。ユーティアと会えたのはうれしいが、世界的な危機にお前を巻き込んでしまうのは嫌なんだ。それに、今はまだ確かな情報が少なくて混乱している」

 不思議なめぐり合わせにユーティアとギュスターはしばらく黙り込んだ。

 メイリアスだけは忙しく働いていたが、やがて彼女は部屋から出て行った。

「でも、前向きに考えなきゃ。こうして一緒にいられるのは、すごくいいことでしょ? わたしはうれしいと思うわ」

 不安を心の奥に隠し、ユーティアは微笑んだ。

 そんな恋人が切なくて、ギュスターは思わず胸を痛めた。どうにかして励まそうと席を立ち、彼女のそばへ立つ。

「あまり無理するな、俺の前では素直にしていいんだぞ」

 すると、ユーティアの顔がわずかに歪んだ。やはりまだ気持ちの整理が上手くつかなくて不安定になっていたようだ。

「ギュスター……」

 と、涙声で言って半泣きになる。ギュスターはそっと両腕をだし、その華奢きゃしゃな身体を抱きしめた。

「ユーティア」

 そのうちに嗚咽おえつする声が室内に響き、しんみりとした空気が二人を取り囲む。久しぶりに感じる恋人の温もりに、ユーティアは涙を止めることが出来なくなっていた。


 メイリアスが二人分の昼食を運びに部屋へ入ってきた頃には、ユーティアの気分はだいぶ落ち着いていた。

 目の前に並べられたのは、美しい食器と見た目にも鮮やかな昼食だった。ユーティアがそれに見惚れている間に、カップに紅茶が注がれて甘い香りが立ち込めた。

「こんな食事、初めて……」

 と、ユーティアはつぶやき、ふと顔を上げて問う。

「ギュスターも、毎日こんな物食べてるの?」

「いや、軍の食事はもう少し格下だ。ここには王家と同じ物が出されているはずだから、国内で最上級の料理、ということになるな……」

 どうやらギュスターもその豪華さには驚いているらしく、ぎこちなく食事を始めた。

 礼儀作法など分からなかったが、ユーティアも彼に習って食事に手をかけた。

 食事の最中は二人とも無言だった。音を立てることは無礼なことであり、貴族の生活に慣れていたギュスターはまだ良かったのだが、田舎から出てきたばかりのユーティアは無駄に神経を使っていた。料理の美味しさに感動しつつ、気をつけて食べ物を口へ運ぶ。それでも時折音を立ててしまうことがあったが、近くで見守っていたメイリアスは何も言わなかった。

 空腹が満たされると睡魔が襲ってきた。メイリアスが片付けを終えて部屋を出て行くと、ユーティアがかみ殺そうとしていたあくびを漏らした。

「眠たそうだな、ユーティア。少し眠ったらどうだ?」

 と、ギュスターが言う。

 ユーティアはぼーっとする頭を振りきりながら立ち上がり、ギュスターへ言った。

「ううん、これくらいならまだ我慢できるわ」

 そしてまたあくびを漏らす。

 ギュスターは立ち上がると、彼女をベッドへ誘導した。

「一度にいろいろあって疲れてるだろ? ちゃんと起こしてやるから眠れ」

「……うん、分かった」

 しぶしぶうなずいたユーティアはベッドに腰を下ろし、その靴をギュスターが脱がしてやる。ベッドへ横になったユーティアはまぶたが重くなるのを感じながらたずねた。

「ずっと気になっていたんだけど、特別神衛部隊って何なの? みんな、軍の人よね?」

 そっと毛布をかけてやりながらギュスターは答えた。

「ああ、四人とも軍人だ。ノーアは将官で一級魔法使いでもあり、シルフは参謀の人間で二級魔法使い、ダリウスと俺は准尉だが能力を買われて選ばれた」

 と、ベッドの端に腰を下ろす。ユーティアはだんだんと遠のいていく意識を無理やり捕まえて再び質問をした。

「魔法使いが二人もいるのね、彼らはどんな人たちなの?」

「そうだな、知り合ったのが三ヶ月前だからまだ分からないことの方が多いが、みんないい人だ。一番年上のノーアはしっかりしていて、頭の回転も速い。シルフはああ見えて博士号を取得していて――」

 久しぶりに聞く優しい声に安堵あんどした途端、捕まえたはずの意識が急激に遠ざかって行ってしまった。ベッドの白い敷布団が見えなくなり、ギュスターの声が途切れ途切れになる。身体が宙に浮くような感覚がすると、ユーティアは何も考えられなくなった。

「魔法使いの上に魔宝石の扱いも……、眠ったか」

 気づいたギュスターは話すのをやめて、無邪気な寝顔を穏やかに見つめた。


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