第4話 王都イザヴェル

 ペガススが地に足をつけた時には、太陽がほぼ真上に上っていた。

「イザヴェルに着きましたよ。さあ、私についてきてください」

 青年の手をとって馬車から降りると変な匂いがした。村ではかいだことのない、都会特有の複雑な香りだ。

 頑丈そうな石造りの建物が立ち並び、街の中央にはとびきり高い建物が建っている。どこを見ても賑やかな声が聞こえてきて、静かなアルグレーン村とは大違いだった。

「ユーティアさん、観光なら後で時間をあげますから、今はちゃんとついて来てください」

 と、名前を呼ばれて我に返る。見ると青年は数歩先で自分を待っていた。

「あ、ごめんなさいっ」

 慌てて彼のうしろにつき、魅力的な街とは反対の方向へ進んでいく。

 整備された道の先には王城が佇んでいた。その荘厳さに、ユーティアは無意識に緊張する。

「ここが都市の名前にもなっているイザヴェル城です。前面に見える南の棟は舞踏会に使われる広間と多くの客室が備えられ、右手の東の棟は国軍の本部になっています。左の西棟は政治経済を担う議事堂を備えており、上階には政治家たちの使用する会議室や執務室もあります。そして一番奥の北の棟は、国の象徴である王族が住む住居になっています」

 青年の説明を聞きながら、ユーティアはますます緊張していた。一生見ることがないと思っていた王族の住居がすぐそこに広がっているのだ。どこからともなく好奇心が湧き出てくるが、一方で自分のおかれた状況を思い出しては暗い気持ちになる。

「城内はとても広く迷いやすいので気をつけてくださいね。棟ごとに柱や廊下の装飾が違うので、自分のいる位置が分からなくなることはないでしょうが、この城を初めて訪れる者は必ず迷うと言います」

 堀の上にかけられた橋を渡り、重々しい城門へ近づいて行く。番をしていた兵士たちは青年の顔を見ると、すぐに城門を開いてくれた。

 荘厳な装飾、高い天井から降りるシャンデリア、きらきら光る床と壁と柱と……初めて見る立派な建物に、ユーティアはつい見入ってしまった。

「ユーティアさん」

 と、再び名前を呼ばれてはっとする。今はそれどころではないと分かっているのに、好奇心が消えることはない。

「ご、ごめんなさい……っ」

 と、謝りながらユーティアはすぐに彼の後を追った。

 青年は何も言わずに前を向くと、正面の階段を上り始める。

 大理石と思われる階段は高貴な雰囲気を醸し出していて、一歩踏むたびに何故だかドキドキしてしまう。手すりも同じ石で出来ているらしく、ユーティアは自分がここにいるのは場違いのように感じられた。

 階段を上りきり、大きな扉を開いて廊下へ出る。落ち着いた赤色を中心とした装飾の数々に見惚れかけたユーティアは、今度は立ち止まらずに歩みを速めた。今は先を急がなければならないのだ。

 廊下を左へ行き、途中にあった階段を上へと上がる。道のりは長く、複雑な道順でいくつもの階段と廊下を通ったところで、装飾の色が赤から青へ変わった。先ほどとは違い幾分か派手になっている。――ここが王族の住居のようだ。

 それからまた今度は階段をいくつか下へ降り、廊下の途中にあった扉の前でようやく青年は立ち止まった。

「私の仲間がこの中で待っています。普段は王族専用の会議室なのですが、今回は特別に貸していただきました。一応防音壁を備えてはいますが、どうか大声を出さないようにお願いします」

 と、青年は言い、ユーティアはただうなずき返す。大声を出すような真似は普段の自分でもしないのだけれど、それだけ驚くことが待っているのだろうか?

 ユーティアは疑問に思いながらも、ただ青年が扉を叩く音を聞いていた。


 最初に見えたのは黒い木の机だった。奥の左側に男性が二人いて、その向かいには白髪に眼鏡をかけた青年が座っていた。

「おかえりなさい、シルフ」

 と、白髪の彼がこちらを見て口を開き、シルフと呼ばれた青年にうながされてユーティアは中へ入る。

 左側に座っていた男性の一人は健康的な茶髪に若々しい印象だ。その奥にいたもう一人へと視線を向けて、ユーティアは胸を熱くさせた。

「ぎ、ギュスター!?」

 ユーティアは思わず大声を出していた。青い黒髪の彼と目が合い、それまでとは別の緊張が鼓動を早くする。

「だから大声を出すなと……」

 シルフの呆れ声にもかまわずに、ユーティアはギュスターのそばへ寄っていった。

「まさか、こんなところで会えるだなんて! 何で、どういうこと? わたし、もう何が何だか分からなくて……っ」

 ギュスターは微妙な顔をしながら、今にも飛びついてきそうな彼女の肩へ手をやった。

「とりあえず落ち着け、ユーティア。詳しいことはあとで話すから、今は静かにしててくれ」

「え、あ……ごめんなさい」

 と、ユーティアは気を沈ませる。

 そんな二人にはかまわずに、白髪の彼は口を開いた。

「ユーティア・サルヴァさんですね? まずはこちらにおかけください」

 と、勧められたのは中央の椅子で、すぐにユーティアはそこへ腰を下ろした。

 よく見ると室内にいるのは四人の男性たちと自分だけだった。なんとも不思議な感じだ。

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