第3話 最高神の宿り主
羽の生えた白馬ペガススが引く馬車に乗り込むと、隣にあの青年が座った。別れの名残を惜しんでいたユーティアは、ただヴィアンシュにもらったペンダントを握りしめた。
「故郷を離れるのは寂しいですか?」
ペガススが走り出し、馬車が宙へ浮く。魔宝石が車体に取りつけられているのだろうが、それにしては不思議な安定感があった。
「……はい、ずっとあの村で生まれ育ちましたから」
青年は口を閉ざした。素朴な一人の村娘を連れ出したことに、ようやくうしろめたさを感じたようだ。
「でも、大丈夫です。わたしの身に、何かが起きているのでしょう?」
青年が横目にユーティアを見た。何か考える様子を見せてから、口を開く。
「そのことなんですが、詳しくお話ししましょう」
窓の外はもう夜になっていた。ユーティアは青年の声に耳を傾ける。
「先ほどのことですが、あれは、あなたが神の宿り主であることを確認させていただいたのです」
「え?」
首をかしげるユーティアに青年は言う。
「あなたが生まれつき右腿に持っている、その青いあざです。それは伝承どおり、古代文字で【神】【人】【守護】の三つが重なった形をしています」
ユーティアはそっと右腿に触れた。あざのある辺りを服の上から撫でて、考える。――これが神の宿っている証……?
「この世界に伝わる神話はご存じですか? 最高神アルファズルが悪神ローズルにその座を狙われ、女神フリーアの手引きにより逃げ出した、という話です」
「……はい、知ってます」
「アルファズルは女神によって眠らされ、人間界へその魂を落とされました。それ以来、悪神は最高神を狙うのをやめたと言われています。しかし、女神は最高神を護るため、この世界の安定を護るために、今もどこかで私たちを見ていると言います」
幼い頃に本で読んだ記憶がある。ユーティアは神の存在を信じていたが、あまりにも現実離れしていると思ってもいた。
「最高神の魂は、生と死を繰り返す人間の中を渡り歩いています。……そしてここ最近、闇魔法を使用する者が何人も逮捕されるようになりました」
「闇魔法って……」
「ええ、一般的に忌み嫌われている魔法です。彼らは何らかの意図を持って行動していると推測されており、もしかすると、最高神の宿り主であるあなたに関わることかも知れません」
ドキッとした。闇魔法が自分を狙っている? けれども、そんなこと――。
「ほ、本当に、わたしなんですか? 右腿のあざなんて、探せばいくらでもいるでしょう?」
「気持ちは分かりますが、どうか信じてください。あなたこそが、本物の最高神の宿り主なのです」
青年の冷静な目が怖かった。ユーティアはうつむいて、唇をぎゅっと結ぶ。
すぐに村へ帰れるほど、簡単なことではなかった。ましてや、最高神の宿り主という悪夢のような事実が重たくのしかかってきて、今にも心と頭は現実逃避したくなっている。
「あなたの中にいる最高神を目覚めさせてしまったら、悪い者たちが次々とアルファズルを狙うでしょう。そうでなくても、最高神の力を欲しがる者は多くいます。
この世に目覚めた最高神は、再び世界を創造しなおす可能性だってあります。そうなれば、本当にこの世界は終わってしまうでしょう」
すっかり気が動転しているユーティアに、青年は淡々と告げた。
「受け入れられないかもしれませんが、あなたがこの世界の命運を握っているのです。あなたの宿している最高神が目覚めたら、何が起こるか分かりません。その目覚めとともに、悪神が再び動き出すことだって考えられる」
これから自分がどうなってしまうのか、まったく想像がつかなくて怖くなる。
「そうした事情からあなたを保護させていただきました。どうか、今は現実を見て、受け入れてください」
「っ……でも、本当にわたしが?」
と、今にも泣きだしそうな声を出したユーティアへ、青年は少し困惑した様子を見せた。しかし、すぐにまた冷静な顔になって言う。
「予言者の話はご存知ですか? この国だけでなく、国外のあらゆる災厄まで予言する女の子がいるのですが」
ユーティアははっとした。風の噂で聞いたことがあったのを思い出したのだ。
「は、はい」
「今回のこともそうです。あなたに危険がおよぶであろうことを、彼女は予言しました」
「……そんな」
「予言者の力は本物です。あなたをあの村に居させていたら、被害は周囲にまでおよんだでしょう。最悪の場合、死者が出たかもしれません」
ユーティアは一瞬、呼吸が出来なくなった。愛する両親のことを、そして村の子どもたちや大人たちのことを想像して辛くなる。自分のせいで誰かが死んだら……その結果、世界に危機が訪れてしまったとしたら。
「……だから、わたしを」
そうならないための策なのだ。受け入れるしかないと思った。信じないことは出来るが、受け入れないわけにはいかない。
「分かっていただけたようですね」
「はい……」
青年はほっとしたように小さく息をついた。
「到着は明日の午後になるでしょうから、それまで休んでいてください」
「……はい」
ユーティアはため息をつき、窓の外へちらりと視線をやってからまぶたを閉じた。――なんて嫌な夢だろう。でも、これは現実。家族や村のみんなを巻き込まないで済むのなら、今は彼の言うことに従うだけだった。
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